『電子線による構造研究の現状と将来の展望』

京都大学大学院
理学研究科生物物理学教室


藤吉好則
E-Mail:yoshi@em.biophys.kyoto-u.ac.jp




  1. はじめに

     生体膜の脂質層の中に水に溶けない形で存在している膜蛋白質は、エネルギー変換や情報伝達などの重要な役割を担っているものが多い。膜蛋白質は生体中で膜面内に局在しているので、1枚の膜内で平面的に周期性を有する結晶である2次元結晶や、その1種の変形であり螺旋対称性を持つチューブ状の結晶を作り易いと思われる。電子線は物質との相互作用が強くて薄い二次元結晶からでも構造情報を取り出せるので、電子顕微鏡は膜蛋白質の構造解析に適している。また、顕微鏡であることから、分子やその複合体を直接撮影して結晶を作製出来なくても立体構造の解析ができる。このような理由から、電子線結晶学(結晶を作製しない解析を含むという意味では電子顕微鏡学)は、膜蛋白質やその複合体の解析には有力な手法の1つになりつつある。  2次元結晶を用いた電子線結晶学は、脂質2重膜の中での蛋白質の構造が見られるので、膜蛋白質の現実の存在様式に近い条件で構造と機能との関係を研究出来るという長所がある。しかも2次元結晶内の分子の両面が開いた状態にあり、その分子と結合する別の蛋白質を相互作用させたり、リガンドや試薬などを吹き付けることもできる。また、電子線は荷電粒子なので、興味深いことに中性の原子とイオン化した原子とで、大きく異なった電子顕微鏡のコントラストを与える。それゆえ、電子線結晶学を用いると原子の荷電状況を識別できる可能性がある。このような長所を持つ電子線結晶学を用いた解析結果について、光駆動型プロトンポンプであるバクテリオロドプシンと、水の選択透過をするチャンネルであるアクアポリン-1、及び、神経筋接合部にあるニコチン性アセチルコリン受容体などを主な例として解説する。これらの例と単粒子解析を用いた電圧感受性ナトリウムチャネルの例から、電子線による構造研究の現状と将来の展望を推察していただけることを期待している。

    電子線結晶学による膜蛋白質の構造解析
     原子レベルという高い分解能で蛋白質の構造を見るためには、試料を液体ヘリウム温度にまで冷却できて、しかも高い分解能の像を撮影できる極低温電子顕微鏡が必要である。試料をそのように極低温にまで冷却しなければならない理由は、試料が電子線によって損傷を受けるまでに照射できる電子線量が低温にすればするほど増加する(電子線損傷が軽減される)からである。

      蛋白質の構造を研究する場合に電子線による損傷と共に深刻な問題は水が蒸発してしまうことである。すなわち、電子顕微鏡内の電子線の通り道は高真空に保たれているので、水を含む試料を真空中に挿入しなければならず、水が蒸発して蛋白質が乾燥して変性してしまうことである。この問題を解決するために開発されたのが、急速凍結法による氷包埋という試料作製法である。氷に包埋した試料の温度を上昇させることなく、しかも大気中の水分による霜などを試料に付着させることなく、極低温電子顕微鏡に挿入しなければならない。氷に包埋した試料を容易に交換出来る装置を備えた極低温高分解能電子顕微鏡を開発した。
    膜蛋白質の2次元結晶を電子顕微鏡観察の試料とするが、2次元結晶は厚さが高々100Å程度で、直径数ミクロンの"紙"のように曲がりやすくしわになりやすい形状をしている。それゆえ、2次元結晶の平面性を保つために、表面が原子レベルに近く平滑な厚さ100Å程度のカーボン膜に結晶を吸着させて、液体窒素で冷却した液体エタン中に落下させ急速凍結する。このようにして作製した試料を温度を上昇させないで(140K以下の温度を保って)、電子顕微鏡内の低温ステージへ移送して観察するする。英国ケンブリッジMRCLMBで開発されたコンピュータ用プログラムを用いて、結晶学的な解析を行う。 最終的に計算された立体的なマップに基づいて原子モデルを決定し、モデルの精密化を行うことで、立体構造が解析される。

  2. バクテリオロドプシンの構造と電荷状態の観察

    傾斜角度±60度までの高分解能電子顕微鏡像129枚と、傾斜角度±70度までの電子回折図形366枚を解析することによって、バクテリオロドプシンの立体構造が3.0 A解能で解析された。バクテリオロドプシンは光のエネルギーを使用してプロトンをバクテリアの内側から外側へポンピングするいわゆるプロトンポンプである。電子線結晶学の魅力は、膜蛋白質が脂質2重膜の中にある本来の状態に近い条件で解析できることで、この解析で決定された脂質8分子が観察できている。
    さらに興味深いことに、電子線結晶学ではX線の場合と異なり、観ているものが原子で作られるポテンシャル分布であることから、原子や分子鎖が電荷をもつ場合には電荷を持たない場合とはまったく異なるコントラストを与える。このような特徴があるので、電子線結晶学でそのコントラストを半定量的にであっても解析すると、アミノ酸側鎖の電荷の有無を調べることが出来る。
     バクテリオロドプシンでは、光のエネルギーをレチナール分子が吸収してオールトランス構造から13シスの構造に変化することに伴い、プロトンを膜の内側から外側へポンピングして、もとのオールトランス構造へ戻る。この間にプロトンイオンはレチナールと結合する216番のリジンから85番あるいは212番のアスパラギン酸に受け渡され、さらにいくつかのアミノ酸への受け渡しを経て外へ放出される。レチナールと結合しているリジンへはプロトンを失うが、96番のアスパラギン酸を通してプロトンが供給されると考えられている。このようなバクテリオロドプシンのポンピングサイクルの間にどのようにプロトンイオンが移動しているかを直接観ることが出来れば、このバクテリオロドプシンの機能の詳細を理解することが出来るはずである。最近、X線結晶構造解析でもバクテリオロドプシンの構造解析がなされ、我々の構造が正しいことが確認されたが、さらに電子線結晶学とX線結晶学の2つの手法でポンピングサイクルの中間体が解析されて、プロトンポンピングの分子機構が議論できるようになってきている。これらの結果から、3次元の結晶においては本来の構造変化が起こらない人為的な問題が生じるなどについての論争が始まっている。

  3.   アクアポリン-1の構造と水選択透過の分子機構

    地球上のほとんどすべての生命は脂質2重膜で包まれた細胞から出来ており、しかもそれは水で満たされている。単純な脂質2重膜はほとんど水を透過することが出来ないが、赤血球や腎臓などの細胞膜は多くの水を素早く透過する。例えば、ヒトの体の生体膜を1日に透過する水の量は300リッターにも及ぶとされている。また、水が透過する場合にイオンや低分子化合物さらにはプロトンをも通さない様な機能を膜は有している。これらの機能を担う分子として特別な膜タンパク質の存在が予言されていた。実際、ジョンズホプキンス大学のピーター・アグレ博士らによって、アクアポリン-1と名付けられた分子量28kDの膜タンパク質が発見された。
    このアクアポリン-1についての多くの研究から、4つの疑問がその構造解析の成功を待っていた。
    すなわち、

    I. この水チャネルは水銀イオンで水の透過が妨げられるが、どのようにして水銀イオンが水チャネル機能を阻害するか?

    II. このチャネルはいかなるイオンも透過しない高い水選択性を示しているが、いかにしてこのような機能を実現しているか?

    III. アクアポリン-1は1つのチャネルあたり1秒間に30億もの水分子を透過できるが、どのような機構でこの様な速い水分子の流れを実現しているのか?

    IV. このチャネルは非常に多くの水分子を透過しつつプロトンを透過させない。プロトンは水分子が形成している水素結合のネットワークを通して実効的に容易に伝搬される。それゆえ、水を高速透過しつつプロトンの透過を阻止するには巧妙な機構が必要があるが、どのようにしてそれが実現されているか。以上のような4つの疑問に答えるには原子モデルを作製できる分解能での構造解析が必要である。

    アクアポリン-1をヒト赤血球から単離精製して、2次元結晶を作製した。これらの電子回折図形と電子顕微鏡像を撮影して、3.8A分解能で立体構造を解析した11)。アミノ(N)末端とカルボキシル(C)末端の何残基かは乱れているためか原子モデルを作製できていないが、その他の部分の原子レベルの構造を解析した。
    アクアポリン-1の基本的な構造は6本の大きく傾いたa-ヘリックスから出来ているが、これらヘリックスの配列の仕方はアミノ酸配列の順に素直に並んでいるのではなく、驚くべき折りたたみ構造を示していた。第1のヘリックスが第2第3のヘリックスに挟まれておよそ直線状に並んでいる。さらに特徴的なことには、第2と第3のヘリックスをつなぐループ(ループB)が膜の内部に入り込んでおり、その第3ヘリックス側に近い部分が短いヘリックス(HB)をとっている。このループにおいて、HBはアクアポリンファミリーのほとんどすべてのチャネルタンパク質に保存されているNPA(N:アスパラギン、P:プロリン、A:アラニン)配列から始まって細胞質側の膜表面で終わっている。
    アクアポリンファミリーのタンパク質は1次構造の解析から2つのタンデムリピート構造を有していることが知られている。すなわちヘリックス1?3とヘリックス4?6は疑2回対称の関係にあり、4?6のヘリックスは1?3の構造を膜の中心を通る膜面に平行な軸で180度回転した構造をとっている。結果としてヘリックス5と6の間のループEは細胞外から膜の中心近くに挿入されており、ループBと同じく保存されているNPA配列から始まる短いヘリックスが細胞外側の膜表面で終わっている。
    短いヘリックスHBとHEはNPA配列、特にプロリン77と193が相互作用することでこの2本のヘリックスのN末端側を膜の中心部分で接している。また、このNPA配列のアスパラギンはカルボニル基で主鎖のNH基と水素結合していわゆるヘリックスのキャッピングをしている。その結果、2つのアスパラギン76と192のアミド基がHBとHEヘリックスからそれぞれチャネルの中へ突き出ている。ちょうどその高さには、フェニルアラニン24,イソロイシン60,バリン176,ロイシン149,それにイソロイシン191が狭い穴を形成している。この狭い穴のすぐ細胞外側には、システイン189が穴の内側向けて出ている。このシステインに水銀イオンが結合すると狭い穴が水銀によってふさがれるため水の透過が阻害される。これが上記第一の疑問に対する答えである。この狭い穴の直径はおよそ3A で、水分子の直径2.8Aより僅かい大きい。それゆえ、水は透過できるが水和したイオンやその他の分子はこの狭い穴を透過することが出来ない。これが第2の疑問、水の選択透過の構造学的な答えである。また、この穴は疎水的なアミノ酸残基一層によって作られており狭い部分の穴の長さはたった5A程度である。その狭い穴の上下はロート状に急激に広くなっているとともに、そのロートの内壁もほとんどすべて疎水的なアミノ酸残基によって覆われている。これまでのX線結晶構造解析の結果から、動きやすい水は疎水性環境にあるということが知られている。すなわち、疎水的な穴は水との相互作用を最少にして、しかも、狭い穴は水2分子は入れない程度の短い範囲だけで、速やかに広くなっている。それゆえ、チャネル内にある水分子は自由に速く移動することが出来る。これが、30億水分子/秒という速い水透過を可能にしている構造的基礎である。以上3つの疑問に対する答えは構造から比較的自然に得ることが出来る。
    さて、最も不思議な水チャネルの機能、速い水の透過を行っているときでもプロトンを透過しないという機能はいかにして実現されているのであろうか?2本の短いヘリックスがN末端側で接しているので、膜(チャネル)の中心近くに来た水分子はこの2本のヘリックスが作る正電場のために、酸素をNPA 配列の方、すなわち、アスパラギンのアミド基の方へ配向させられる。それゆえ、狭い穴の近くに来た水分子は水素結合のパートナーを隣の水分子からアスパラギンのアミド基へと自然に交換する。2つのアスパラギンと水素結合を形成した狭い穴にある水分子は、その分子軌道のために、2つの酸素をチャネルの軸に垂直に配向させられる。それゆえこれらの水素は狭い穴の外にあるいかなる水分子とも水素結合を形成することが出来ない。また、アスパラギンの反対の壁はすべて疎水的な残基で出来ており、狭い穴にある1つの水分子だけは2つのアスパラギン以外に水素結合を形成することは出来ない。このようにして、この水分子は他の水分子との水素結合のネットワークを切られる。しかも、狭い穴にあるただ1つの水分子は通常の状態の水より水素結合の数が1つ少ないだけで、最大のエネルギー障壁はたかだか3kcal/molである。5kcal/molより低いエネルギー障壁であれば30億水分子/秒の水の透過が可能であるとされているので、速い水の透過を実現しながらプロトンの透過を防ぐことが出来るのである。

  4. おわりに

     以上の他に、神経筋接合部にあるニコチン性アセチルコリン受容体の構造もらせん対称を用いて解析されて、驚くべきことにチャネルの閉じた状態でいちばん狭い穴の直径がおよそ7Aということがわかってきた。アクアポリン-1の様に30億もの水分子を透過できる穴が3Aであることと比較すると大変興味深いチャネルの構造と機能の関係がわかる。極低温電子顕微鏡と単粒子解析を用いて電圧感受性ナトリウムチャネルの構造も解析したので、このような結晶のいらない単粒子解析の手法にも触れる。単粒子解析では無理であるが、原子レベルの分解能の構造解析が電子線結晶学で行われるようになってきた。電子線結晶学では、荷電状態で大きく依存するという原子散乱因子の特徴的な違いに基づいて、原子・分子のイオン化の状態を直接観察できる。プロトンポンプの機能を有するバクテリオロドプシンの機能中間体を解析すれば、プロトンイオンの移動を直接(ストップモーションとしてではあるが)動的に観ることが出来るであろう。また、水チャネル、アクアポリン-1をより高い分解能で解析すれば、水素原子の向きも含めた水分子を観察できるかもしれない。
    電子線結晶学による解析は現在のところ容易な手法とはいえないが、水チャネルに応用されて、長い間の疑問であった細胞のpH変化なしに水を透過出来る機能を説明することが出来たように、これから多くの膜蛋白質にも応用されて、その静的な立体構造だけではなく、動的な機能構造までも明らかにされて行くであろう。我々が開発した極低温高分解能電子顕微鏡システムの普及と、解析の高速化、2次元結晶作製法の開発などが進歩すれば、短期間にその原子座標を電子線結晶学で決定出来る時代が来ると期待できるあろう。

  5. 参考文献

    1)Fujiyoshi, Y., Adv. Biophys., 35, 25-80 (1998):総説で、全般の解説
    2)Fujiyoshi, Y., Mizusaki, T., Morikawa, K., Yamagishi, H., Aoki., Y., Kihara, H. and Hrada, Y.: Ultramicroscopy, 38, 241-251 (1991):極低温電子顕微鏡の開発
    3)Kimura, Y., Vassylyev, D.G., Miyazawa, A., Kidera, A., Matsushima, M.,
    Mitsuoka, K., Murata, K., Hirai, H. and Fujiyoshi, Y., Nature 389, 206-211
    (1997) :バクテリオロドプシン(bR) の構造解析
    4)Mitsuoka, K., Hirai, T., Murata, K., Miyazawa, A., Kidera, A., Kimura, K. and Fujiyoshi, Y., J. Mol. Biol. 286, 861-882 (1999) :bRの精密解析
    5)Murata, K., Mitsuoka, K., Hirai, T., Walz, T., Agre, P., Heymann, J. B., Engel, A. and Fujiyoshi, Y., Nature 407, 599-605 (2000):アクアポリン-1の構造解析
    6)Miyazawa, A., Fujiyoshi, Y., Stowell, M. and Unwin, N, J. Mol. Biol. 288, 765-786 (1999):ニコチン性アセチルコリン受容体の構造解析
    Sato, C., Ueno, Y., Asai, K., Takahashi, K., Sato, M., Engel, A. and Fujiyoshi, Y., Nature 409, 1047-1051 (2001):電圧感受性ナトリウムチャネルの構造解析