ISDSB2010 Session Report

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Welcome  (1400―1430

パリの5月の陽気としては珍しく暑い中、200名近い参加者が登録を済ませ開会式を迎えました。Steering CommitteeProf. Roger FourmeISDSB2010開会挨拶の後、SOLEIL SynchrotrondirectorProf. Michel VanderRestが歓迎の言葉を述べられました。ISDSB2010と放射光実験施設としてのSOLEILの役割についてコメントされ、SOLEILについてやや詳しく紹介されました。山根169委員会副委員長が坂部委員長に代わり、ISDSBの開催に至った経緯と過去2回のシンポジウムの意義が紹介されました。そして、在フランス日本国大使館の高原寿一特命全権公使が、日本とフランスを中心とした欧州との学術交流の意義、日本が進めている科学技術プロジェクトの紹介、初めて日本以外で開催されるISDSB2010の成功を願われる挨拶をされました。高原公使にはお忙しい中、パリ郊外の会場にまでお出でいただき熱のこもった挨拶をいただきました。日本の参加者として非常に感銘を受けるとともに、分不相応ながら日仏の学術交流を進展させるために何とかできないものかと改めて思いました。(山根隆)

Opening lecture  1430―1530
What we have learnt from the structures of ribosome
講演者:Venki Ramakrishnan (MRC LMB Cambridge)  (Chair Roger Fourme)

始めての日本国外での開催となった第3回International Symposium on Structural BiologyISDSB2010)は,開会式に続く,英国ケンブリッジMRC分子生物学研究所のVenkatraman Ramakrishnan博士によるOpening Lectureで始まった.Ramakrishnan博士は,Ada E. Yonath教授,Thomas A. Steitz教授とともに,長年のタンパク質結晶学者の夢であったリボソームの構造解析の業績により2009年のノーベル化学賞を受賞されており,ISDSB2010の開会を飾るにふさわしい人選と講演内容であったことは言うまでもない.(講演者を決めた時点では,まだノーベル賞は決まっていなかったそうであるが)

ISDSD2007の時と同様にJim Watson教授による紹介(ノーベル賞後に開かれたCold Spring Harbor(?)でのミーティングの時に撮影されたビデオ)から始まった講演は,1950年始めに行われた電子顕微鏡によるリボソームの構造研究から,様々な研究成果を経て現在に至るまでの歴史を振り返ることからスタートした.これは,単にリボソームの構造研究の歴史を紹介するだけでなく,リボソームという複雑な分子の構造研究において,様々な方法論や技術がどのように進歩してきたか,数多くの研究者がリボソームの構造研究にどのように寄与してきたか,また,Ramakrishnan博士自身がどのようなモチベーションと考え方で研究を進めてきたかということについて,非常に明確にまとめられていた.特に,リボソームタンパク質の構造解析からはリボソームの機能を理解することは不可能と考え,リボソーム粒子全体の構造解析に着手することを決断したこと.さらに,巨大なタンパク質核酸複合体であるリボソームの構造解析には,異常分散効果を最大限に利用した多波長異常分散法の利用など,最先端のタンパク質結晶学の方法論を適用する事が必須であると考えたこと,といった,物理学の基礎を有するRamakrishnan博士ならではの理路整然とした論理展開は,研究を進める上での重要な示唆を与えるものであった.

今回の講演のメインは,70SリボソームとEF-Tu,アミノアシルtRNA複合体の構造解析と,抗生物質を用いてトランスロケーションの中間状態でトラップした70リボソーム,EF-G,抗生物質複合体の構造解析の成果であった.これらの研究では,tRNAのコドン領域がmRNAのアンチコドン領域に結合する時の構造変化によって,アミノアシルtRNAが,デコーディングセンターにある30Sサブユニットとファクター結合サイトにあるEF-Tuに同時に相互作用する様子を詳細に明らかにし,EF-TuとアミノアシルtRNAの構造変化が,デコーディングセンターとEF-TuGTP加水分解サイトの間の反応がどのように伝わっていくかという機構を示した.さらに,トランスロケーションにおいてEF-Gがどのように働いているかという分子機構を明らかにした.

これらの研究において,伸長因子の結合を阻害する結晶内の分子間相互作用を打ち消すようにミュータントを作製したこと,データ収集に1000以上の結晶化プレート分の結晶を用いたことなど,淡々とした講演内容の中に,その努力とアイデアが随所にちりばめられていたことが印象的であった.

講演の最後には,これまでの成果に基づいて明らかになったリボソーム上での翻訳の原子機構を分かりやすくまとめたアニメーションが映された.ISDS2007でも同様のアニメーションが映されたが,さらに新しい情報を基にした,より詳細なものとなっており,前回同様参加者に深い感銘を与えたことは間違いないであろう.

Ramakrishnan博士は,前回東京で行われたISDSB2007では,2日目のPlenary Lectureとして「Crystallography of functional states of the ribosome」というタイトルで,70Sリボソーム,A site, P site, E siteに結合した3つのtRNA, mRNA複合体の2.8Å分解能の結晶構造に関する講演を行っている.この時の講演のインパクトの強さは今でも強く印象に残っている.その後3年というある意味短い期間であるにも関わらず,今回も期待をうらぎることのないすばらしい発表であった.(中川敦史) 


S1. Electron microscopy, X-ray imaging, tomography  1600―1800(Chair Welner Kuehlbrandt)

1.   Electron Cryo-tomography of Eukaryotic Flagella and Cilia
講演者:Takashi Ishikawa (Department of Biology, ETH)

Dr. Ishikawaの講演は、真核生物のべん毛と繊毛のクライオ電子線トモグラフィーについての内容でした。この研究は、講演者等が長年にわたり継続しており、電子線トモグラフィーに単粒子解析的な要素と、らせん対称性による解析を加味した独自な解析で、本分野において傑出した研究の1つです。

真核生物には、精子が持つべん毛と、気管支の細胞の持つ繊毛などがあります。どちらも機能的には同じもので、円形に配列した9個の二重微小管と2本の中心微小管から成る「9+2」の軸糸構造を形成しています。9個の二重微小管にはそれぞれ、複数のサブユニット(重鎖、中間鎖、軽鎖)から形成された外腕ダイニンが24nmの間隔で、また内腕ダイニンが96nmの間隔で結合しています。

 現在でも、ダイニンについては、次の3つの未解明な問題点が残っています。それは、(1)パワーストロークの機構、(2)屈曲の機構、および(3)べん毛運動(波打ち運動)の機構、です。これらの問題点を明らかにするために、Dr. Ishikawa等はクライオ電子線トモグラフィーによる解析を行いました。ダイニンを含む凍結試料を、±60°の範囲で傾斜させて、連続傾斜像を撮影し、これらの傾斜シリーズ像から、ダイニン分子が結合している二重微小管部分の画像を切り出します。これを1リピートごとに区画化して平均化することにより画像の精密化を行って、ダイニン分子の三次元再構成を行いました。

その結果、得られた三次元再構成像からは、3個の外腕ダイニン重鎖(a, b, g)と、8個の内腕ダイニン重鎖(a, b, c, d, e, f, g)が観察されました。そのうち、6個の内腕ダイニン重鎖(a, b, c, d, e, g)が微小管に対して同一平面上に位置していました。内腕ダイニン重鎖(f)は、尾部の構造が他と異なっており、他の6個の内腕ダイニンより微小管に近い位置に配置していました。一方、外腕ダイニンの頭部は、重鎖(a)(b)は平行に配位していたが、重鎖(g)は他と構造が異なっていました。

また、得られた三次元構造からは、ATP存在下のダイニンの構造変化として、ATPからADPへの加水分解に伴うリン酸放出時に、外腕ダイニンの頭部は外側に向かって移動し、これが微小管を動かす原動力になっていると推察されました。in situでは、ADP結合型と非結合型のダイニンがクラスターとなって混在しており、これがべん毛の屈曲の機構だと考えられます。

さらに、円形に配列した9個の二重微小管に結合しているそれぞれのダイニン分子は、対称的に配列していないことが分かりました。べん毛の屈曲運動により、こうした非対称性が生じていると考えられます。


2.   Electron Microscopy of Membrane Proteins – From Atomic Structure to In Situ Arrangement
講演者:Warner Kuelbrandt (Max Planck Institute for Biophysics)

Prof. Kuelbrandtの講演は、原子構造から細胞内での分子配置に至るまでの、膜タンパク質の電子顕微鏡解析でした。講演者等は、二次元結晶構造解析を含む電子顕微鏡法とX線結晶解析に精通しており、研究対象に応じて最適な解析手法を選択して行ってきた自負を感じさせるものでした。

これまでに細胞内分子の構造解析としては、以下の4つの手法を用いてきました。1つ目は、X線結晶構造解析で、CaiT (carnitine transporter)などの解析を行い、分解能は1.33.5に達しています。2つ目は、電子線結晶構造解析で、NhaP (Na+/H+ antiporter)などの解析を行い、分解能は1.58です。3つ目は、電子顕微鏡を用いた単粒子解析で、FAS (fatty acid synthase)などの解析を行い、分解能は3.515となりました。最後に、4つ目として、現在取り組んでいる電子線トモグラフィーで、細胞内のミトコンドリアなどの解析を行い、分解能は3070となります。

 細胞内のミトコンドリア研究の1つとして、ミトコンドリアと老化の問題があります。老化や突然変異によりミトコンドリアの膜が変化することが知られています。これを明らかにするために、ミトコンドリア内におけるATP合成酵素の構造解析を電子線トモグラフィーで行いました。±70°の範囲で傾斜した一連のイメージから、酵母のミトコンドリア全体の三次元構造を得ました。その結果、クリステの膜の湾曲した領域で、ATP合成酵素は二量体の長い列を形成している様子が観察できました。このことから、クリステは、局所的に高いpH勾配を維持するためのプロトン・トラップになっている可能性が示唆されます。

 また、葉緑体におけるPSIIATP合成酵素の構造解析を、葉緑体チラコイド膜の電子線トモグラフィーにより行いました。凍結試料切片で葉緑体のグラナの層を観察ところ、グラナを形成しているチラコイド膜上で、PSII二量体は結晶様に並んでいました。一方、チラコイド膜の平面状の領域では、ATP合成酵素は単量体として存在していることから、葉緑体ではミトコンドリアのようにpH勾配を維持するために二量体の長い列を形成する必要がないと考えられます。

さらに、通常のクライオ電子顕微鏡では得られるイメージのコントラストが非常に低いため、観察結果には分解能などにおいて様々な制限が発生します。そこで、より高いコントラストでトモグラムや単粒子像を取得することが可能となるように、位相板を組み込んだ位相差電子顕微鏡の開発を行っています。今後は、高分解能なイメージ、三次元構造がクライオ電子顕微鏡法から得られると思われます。

3.   Imaging Cells using Correlated Fluorescence and X-ray Tomography
講演者:Carolyn Larebell (University of California)

Dr. Larebellの講演は、蛍光顕微鏡法とX線トモグラフィーの相関顕微鏡法による細胞のイメージングでした。異なる2つの観察手法を融合させる相関顕微鏡法は、一般に、光学顕微鏡法と電子顕微鏡法の融合研究が中心です。本講演者等は、電子顕微鏡法ではなく、現在、鋭意開発中であるX線トモグラフィーと光学(蛍光)顕微鏡法を融合させたところに、科学的なセンスの良い先見性を感じます。

現在、一般的に用いられている生物試料の観察法とその分解能についてまとめると、次のようになります。蛍光顕微鏡による細胞全体の観察では、分解能は200500nm程度です。高分解能・蛍光顕微鏡で細胞の薄いところを観察すると、分解能は50200nmになります。試料の薄切切片(厚さ50250nm)の透過型電子顕微鏡観察では、分解能は510nmになります。そして、クライオ電子線トモグラフィーで厚さ300nmの凍結切片では、分解能3-5nmとなります。

クライオX線顕微鏡を用いると、最大15μmまでの細胞全体の観察が可能となり、無染色細胞でも高いコントラストが得られ、20nm近い分解能となります。また、イムノゴールドによって細胞内分子局在の解析が可能であり、GFPを利用して蛍光顕微鏡で観察したものでも観察可能です。さらに、3~5分という非常に短時間でトモグラフィー画像が取得可能になります。実際に、クライオX線顕微鏡を用いてNIH3T3細胞を35nm分解能で観察を行うことができました

 分裂酵母whole cellX線トモグラフィーを行いました。直径60nmの金粒子をマーカーとして、±90°の最大傾斜像を含む合計90枚の画像から三次元再構成を行いました。その結果、薄切切片では観察できなかった分裂中の細胞の境界に形成される高電子密度のリングや、膜の陥入を観察することができました。これと同時に、1倍体細胞と2倍体細胞のそれぞれの細胞周期で細胞内小器官の大きさの比較や、ペプトイド処理を行った細胞中の核酸や脂質の体積の比較、なども行いました。

また、分裂酵母のX線トモグラフィーと電子線トモグラフィーの比較を行いました。電子線トモグラフィー(2007 Hoog et al. Dev. Cell 12, 349-361)では、厚さ250nmの化学固定および脱水処理した12枚のプラスチック連続切片使用して連続傾斜イメージを撮影し、1つの細胞の三次元再構成に数ヶ月間必要でした。一方、X線トモグラフィーでは、無固定の氷包埋した分裂酵母whole cellを用いて、全部の傾斜シリーズ像の撮影に3分、その三次元再構成には8時間という短時間で解析できました。

 最後に、1.4nmのイムノゴールドを用いて、T細胞中のPML (Promyelocytic leukemia)ボディーを標識し、X線トモグラフィーを行いました。その結果、PMLボディーの核内での局在を観察できました。

4.   Electron and X-ray Tomography of the Malaria Parasite, P. falciparum
講演者:Leann Tilley (La Trobe Institute for Molecular Science)

Dr. Tilleyの講演は、マラリア寄生赤血球の解析を、電子線トモグラフィーとX線トモグラフィーの両方で行った研究でした。X線と電子線は、X線解析が絶対的・圧倒的な優位性を保ちつつ、タンパク質の結晶構造解析において相補的な解析手法として対峙してきました。それが、三次元構造の再構成手法であるトモグラフィーにおいても、電子線とX線による解析が存在します。本講演者等は、これら2つのトモグラフィーの解析手法に通じており、両者の比較検討はHot Topicsとして非常に興味深いものでした。

マラリア寄生赤血球の試料切片を作製し、マラリアの寄生過程の観察を行うことにより、これまでに赤血球細胞膜の変形が観察されました。しかし、蛍光顕微鏡での観察では、分解能に限界があります。そこで、クライオX線トモグラフィーにより赤血球のwhole cell観察を行いました。その際、マラリア寄生時に特徴的な赤血球のMaurer斑点を、イムノゴールドおよび銀増感処理により標識しました。その結果、マラリアが寄生した赤血球膜の表面で、膜の大きな陥入が観察されました。また、感染の過程が進むにつれて赤血球の細胞質の電子密度が減少していることから、マラリア原虫によって細胞質成分が消化されていると考えられます。

 また、金結合アルブミンを添加して、膜の陥入の過程をクライオX線トモグラフィー、および電子線トモグラフィーで観察しました。寄生のmid-ring期には、マラリア原虫の細胞口に由来する部位で膜が陥入していました。これは赤血球細胞質の取り込みを開始した時期に相当すると考えられ、飲作用による赤血球ヘモグロビンの取り込みは、まだ起こっていないと思われます。寄生の成熟期になると、ヘモゾインを含む小胞が融合して一つの消化胞が形成されることから、ヘモグロビンが貪食されていると考えられます。

最後に、クライオX線顕微鏡を用いた観察法の有利な点として、以下の5つを挙げました。(a) 50nmの無染色凍結whole cellの観察が可能なこと、(b) X線吸収は生体有機物の密度に依存的なこと、(c) 特定の分子標識にイムノゴールド法が利用可能なこと、(d) 蛍光顕微鏡との相関観察を実現できる可能性が高いこと、そして(e) X線コヒーレント回折顕微鏡を用いることでより高い分解能(25nm)での観察が可能なこと、などです。(宮澤淳夫)


  Welcome Party  (1900―2030

セッション1の後、バスでSOLEILに移動、プログラムでは18:30からWelcome partyとなっていましたが、小会議室で30分程度plenary talkなどを話される研究者と参加者との意見交換会的なものがもたれました。パネル討論的にコメントされたのは、Prof. Tom Blundell, Dr. Venki Ramakrishnan, Prof. Ichro Tanaka, Dr. Gerard Bricogne, Dr. Dmitri SvergunProf. Roger Fourme、司会はProf. VanderRestでした。ただこの集まりがどの程度告知されていたのか不明で、参加者は20名程度で日本からは山根副委員長と安岡委員のみでした。以下に研究者の意見をまとめます。「医薬品の開発には研究の出来る環境の整備が必要だが状況は厳しい。これらも含め基礎科学の探求には財政のサポートが必要なので、科学者とて政治や経済は無視できない」。「基礎知識(basic knowledge)があって根本的な発見(fundamental discovery)に通じる。科学者は一般大衆にも基礎科学を支持してもらうよう努めねばならないだろう」。「新しい手法の開拓が科学の新時代へのブレークスルーを提供する」。「放射光実験と電子顕微鏡実験の融合が生命科学分野に驚異的な成果をもたらしている。科学が生命に対する人類の知的好奇心を助長している」。「構造生物学はタンパク質の機能の解明という究極のゴールに向かっているが、より慎重に理解を含めていくべきだ」。「自然はどうしてこんなに複雑なのかということを日々痛感している。複雑な生命現象を研究していくにはシミュレーションの役割が重要であり、それとの連携が必要だ」。最後の全体討論では、「研究はもちろんかも知れないが、教育にももっと金をかけるべきだ」という話も出ました

19時過ぎから2030分まで、100名程度の参加でWelcome partyが開催されました。ワインやシードルなどの飲み物に加えて、余るほどのカナッペなどのおつまみやサンドイッチ、多様なチーズ類が提供され、旧友との挨拶やOpening lectureS1についての感想、明日からのセッションへの期待などが話題となりました。Dr. Venki Ramakrishnan Prof. Tom Blundellも参加され会話が盛り上がりました。開始直後からしばらくかなり強い夕立のような雨がふりましたが、Welcome party終了時には止んで少し涼しくなっていました。ただシンポジウム会場とWelcome partyの会場(27日のposter sessionも同じ会場)が離れていて、実行委員会の手配したバスでしか実質移動できないのはかなり不便で、参加を敬遠した方も多かったようです。(山根隆)

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Plenary talk  (900―945

Synchrotrons, High-throughput Crystallography and Discovery of New
 Medicines: Drugging the undruggable
講演者:Tom Blundell (University of Cambridge) 

FBDDの創薬ベンチャーとして有名なASTEX社のファウンダーでもあるケンブリッジ大学Blundell教授のMultiple protein systemにおける創薬と題してProtein-protein interaction (以下 PPIと略する)に着目した講演です。次の創薬ターゲットはSelectivitySolubilityが理由でいままで不可能と思われているようなターゲットにいどむ企業こそが重要であると考えられます。今まで不可能と考えられていた創薬といえば、modulater siteを狙うことでアロステリックな効果を得られるようなタンパク質のメカニズムそのものをモジュレートするような化合物を見出すことです。Blundell先生の研究室では、PicoloというProtein-Protein interaction modulator homologue DBを作成し、CREDOというdrug discoveryのためのprotein-ligand interaction DBTIMBALというProtein-protein interaction阻害する低分子化合物のDBを作成し、だれでも先生のHPより自由にアクセスすることができます。

サノフィの化合物のみがアロステリックな阻害剤として見出されているFGFシグナリングに着目したFGFRとヘパラン硫酸の結合部位に着目したドラッグデザインおよびHepatocyteGrowth Factor NK1に関しては選択的に結合する有意なimFragment化合物を見出していました。RAD51-BRCA2複合体に対しては、小さなポケットにそんなにアフィニティーの高いフラグメントが入れるかという予想を覆して、選択的に結合している。アフィニティー測定には、X-ray, NMRに加え、MS, Thernal shiftを組み合わせて効率的に用いることがわかります。Kd1.4mMから1uMに約1000倍の親和性向上に成功した。今後は、さらに活性をあげるため、展開を進めているである。 ブランデル先生のいつも新しい困難なターゲットに立ち向かい産学問わず情報をオープンにする姿勢に一流の科学者としての心意気を感じました。(上村みどり)



S2. Drug and vaccine design  (10.15-12. 45Chair: Tom L. Blundell

タンパク質の構造解析は薬物分子設計に多くの情報を与えることから創薬プロセスにおいてStructure-Based Drug Discovery(SBDD)の基盤技術として定着している。また、国内研究開発型製薬企業の多くは「つくば構造生物産業利用推進共同体(KEK)」と「蛋白質構造解析コンソーシアム(日本製薬工業協会)」に参加してPhoton FactorySPring-8を使ってタンパク質構造解析を行っている。最近ではSBDD手法の一つとしてフラグメントアプローチ(FBDD)という方法が急速に広がってきている。これは標的タンパク質の鍵穴の一部に結合するフラグメント分子を探し、異なる部位に結合するフラグメント同士を合成的につなぎ合わせることで鍵穴全体にフィットして強い結合親和性を持つ化合物を探索する方法である。FBDDにより得られる化合物は分子量が小さく、そのため構造修飾の範囲が広くなり、構造最適化しやすい特徴を持つ。

本セッションではSBDDの実際について5名の演者による発表があった

1. Structure-based Vaccine Design.
講演者Phillip Dormitzer ( Novartis, USA )

 これまでのワクチン開発は病原体の培養を行いその抗原に対するワクチンを得るものである。この方法だともっとも豊富な抗原に対してのみ効果があるものしか得られず、しかも5年から15年の時間がかかる。また、病原体を培養できなければ出来ない方法である。

 今注目されているのがリバースワクチン法で病原体の遺伝情報に基づいたアプローチにより12年でワクチン開発が可能になるため、1日で変異を起こすHIVへの対応やインフルエンザパンデミックへの対策として有望と考えられる。この方法では病原体の表面構造を遺伝情報より推測して、その抗体を人工的に設計する。そのために構造生物学手法の役割が大きく、今後の構造に基づくワクチン設計への貢献が期待される。

2. Drug Discovery Facilitated by Biophysical Methods.
講演者Michael Hennig ( F. Hoffmann-La Roche Ltd., Switzerland )

メガファーマのひとつロッシュにおいてSBDDは化学合成展開における薬物設計をリードしている。特異的なIDE活性化剤の開発では、最初にHTS(ハイスループットスクリーニング)で発見した非常に弱い活性しか持たない化合物を表面プラズモン共鳴法(SPR)により活性プロファイルを精査して、アロステリック部位への結合を見出した。

ロッシュではおよそ6000個の低分子化合物でターゲットを制御可能なフラグメントライブラリーを使い、フラグメント分子をSPRによりスクリーニングし、線結晶構造解析により結合様式を解析して、計算化学を駆使した結果、リガンド効率性の高い非常に有望なリード化合物を得た。

線結晶構造解析に限らずSPRなどの物理的な手法はFBDDはもちろんアロステリック部位結合をみるHTSヒット化合物のプロファイリングや構造上の特徴抽出に利用され成果を挙げている。

3. Chemogenomic Profiling in Structure-based Drug Design: What are Optimal Ligand Binding Parameters for a Given Target?
講演者Gerhard Klebe ( University of Marburg, Germany )

計算化学の第一人者である演者からの発表はすべての遺伝子産物に対する低分子化合物を網羅的に探索し,それらの化合物を使って生命現象を解明しようとするケミカルゲノミクスについて分かりやすい講演であった。ある特定のタンパク質ファミリー内の個々のタンパク質に対して、構造的多様性をもった低分子化合物の活性評価をし、それらのデータを基にファミリー内におけるタンパク質間の類似性と低分子間の構造類似性の間に関連性があるかどうかを検討する。あるタンパク質ファミリー内の多くのタンパク質に対して活性を発現する化合物の共通構造、および、特定のタンパク質についてのみ選択性を発現する化合物の部分構造が特定できれば、これらの情報を組み合わせてターゲットタンパク質に対して活性と選択性が期待される化合物が設計できる。

また、実際の線結晶構造解析データの利用の例として、疎水性表面でリガンド結合の温度因子が大きい場合、原子の動きが大きいわけだが、そこでは結合に対する水分子の寄与が大きいと考えられる。水分子の寄与が大きいことはエントロピー効果が大きいということで、その情報からエンタルピックな結合様式に変えていくことも出来る。

4. Structural Genomics of the Human G-protein Coupled Receptor Family
講演者Raymond Stevens ( Scripps Research Institute, USA )

GPCRは細胞膜を介した信号伝達タンパク質では最大のファミリーである。しかし膜タンパク質であるばかりにその結晶化が困難で、これまでに結晶構造が解析された例は非常に少ない。GPCRの結晶化には一つの鍵となる技術におけるブレークスルーだけではなし得ないもので、多くのブレークスルーが必要である。
これまでの研究でいくつかのGPCRの高分解能線結晶構造解析結果が得られた。また、コレステロールがレセプターの安定化や機能発現に関わっているということが分かった。今後2015年までに10から15GPCR構造が解明されるだろう。

5. Drug Design of Hematopoietic Prostaglandin D Synthase Inhibitors Based on High Resolution X-ray Crystallography
講演者Yoshihiro Urade ( Osaka Bioscience Institute, Japan )

 演者らは長年にわたりプロスタグランジンD2合成酵素の構造研究と阻害剤探索を行ってきている。NASAJAXAの協力による宇宙でのタンパク質結晶作製などにより、阻害剤の活性増強などの成果が得られた。

 演者らの研究のひとつに進行性筋ジストロフィー治療薬の探索がある。進行性筋ジストロフィーは遺伝性の筋の変性疾患で筋肉細胞が徐々に壊れて脂肪細胞に置き換わり、筋肉の機能が失われる難病である。筋力の低下と萎縮を特徴とし、子供の頃に発症し、20歳代になると呼吸や心臓の機能にも異常が出てきて死に至る。

 デュエンヌ型筋ジストロフィー患者の壊れかけた筋肉では炎症やアレルギーなどに関連する物質プロスタグランジンD2の合成が亢進しており、炎症を悪化させていることから、H-PGDS阻害剤であるHQL-795日間与えた。その結果、体内のプロスタグランジンD2が減少し、壊れた筋肉の体積が半分になり、マウスの筋力も3割以上増加した。また、イヌを使った実験においても効果が証明され、その実験紹介ビデオは非常に衝撃的であり、医薬品開発の意義が強く感じられた。(川上善之)

 


S3. Protonation States  (14.30-16.00Chair: John Helliwell

 タンパク質等の生体高分子中のプロトン化状態を中性子結晶構造解析で解明しようとしたセッションである。

1. Protons in proteins
講演者:Matthew Blakeley (Institut Laue-Langevin)

水素を含めた水和水の位置は、X線では分解能1以下が必要であるのに対して、中性子による生体高分子の結晶構造解析では2.5分解能でも示すことができる。しかも電子の無いプロトン化状態や温度因子の高い水素などは、中性子でしか確認できない。これは酵素反応機構において、触媒経路を同定するのに重要な情報となる活性部位のアミノ酸残基のプロトン化状態を決定できるなど、生物のさまざまな分子反応の過程を理解するのに役立つ。中性子の構造生物学では世界最強の研究用原子炉に、日本で開発された中性子イメージングプレートを装備したLADI-Iを皮切りに、改良されたLADI-IIIが最近整備され、短時間測定あるいは試料の完全重水素化によるバックグラウンド低減により測定可能な結晶体積を0.1mm3くらいまで小さくても可能としている(ヒト-アルドース還元酵素)。その他、緑色窒素還元酵素やADNA2.3)、完全重水素化抗凍結タンパク質(AFP-III)(1.85)の構造解析にも成功している。これまでの生体高分子の中性子回折のイメージ(「1mm3以上の大きな結晶が必要で、1ヶ月以上の長時間測定が必要」)が払拭された講演だった

2. Histidine protonation states in a human hemoglobin
講演者Yukio Morimoto (Kyoto University)

 プログラム2番目のJulian Chen氏のPCの接続の関係で、3番目のYukio Morimoto氏の講演が先に行われた。ヘモグロビンのデオキシ型(T型)について、20mm3を超える巨大単結晶を作製し、Bohr効果を解明する目的で、日本のJAEAにある原子炉JRR-3BIX-3と米国LANSCEにあるパルス中性子源のPCSにて回折データを取得した。原子炉では、120日かかって、2.1分解能のデータを取ったが、パルス中性子源では約半分の結晶体積(20mm3)で、18日で1.8分解能のデータが収集できた。解析を進めると双方のデータから、ヘムFeに近い遠位ヒスチジンα58β58がダブルプロトネーションしており、オキシ型(R型)のヘモグロビンのNMRの結果(シングルプロトネーション)と異なっていたことが判明した。今後は、pHを変えた溶液でソークしたT型結晶や、R型の中性子解析も行い、比較すればBohr効果が解明されるかもしれないという大きな期待をさせる結果であった。

3. Diisopropyl fluorophosphatase: from protonation states to protein engineering
講演者:Julian Chen (Goethe University)

3番目のYukio Morimoto氏と入れ替わった講演である。DFPaseはサリンなどの有機リン系の神経毒を解毒する約35kDの酵素で、この酵素の活性中間状態や活性部位反応機構を解明するために、中性子解析を行った。0.43mm3の結晶を用い、約1ヶ月かけて2.2分解能データを、米国LANSCEのパルス中性子源のPCSを用いて収集した。活性部位には水分子があり、Ca1個と他の基から合計7つの水素結合が存在した。酵素反応には関与しないと分かっているこの水の配位状態とAsp229がプロトネーションしているので求核攻撃することが推測できることから、酵素反応時における基質に対する立体選択性が調節されているという、非常に興味深い事実が判明した。最後に、中性子による構造は、PDBには20104月時点で、これまでの総計で37個登録されているが、この4年間で19個もの登録がなされていることから、中性子結晶構造学は、非常に加速した成長を見せている分野であるとコメントしていた。将来的には、水の占有率や触媒への関与などに言及できれば、中性子はさらに重要なプローブになるだろうと結んでいた。(田中伊知朗

 

S4. Large Bio Molecules  1630―1800Chair: Jack Johnson

 本セッションでは、生体高分子の構造とその働きを、クライオ電顕など電子顕微鏡を用いた断層撮影 (電子顕微鏡トモグラフィー) による解析についての報告が、3名の演者によりなされました。

 最初の発表は、Sanford-Burnham Medical Research Institute (アメリカ) Hanein氏による、Seeing the Structural Organization of the Actin Cytoskeleton at the Lamella, In Situ Cryo-electron Tomographyでした。あいにく演者が欠席のため、動画での発表となりました。これは、ラメラにあるアクチン骨格とインテグリン受容体との相互作用について、アクトミオシンがインテグリンの細胞外ドメインに直接結合することで多構成タンパク質複合体を構成し、すぐにそれが解消されることで細胞が前進するということを、電子顕微鏡観察など種々の方法から調べたものでした。ビデオの音質が悪く、非常に聞き取りにくかった事が残念でした。

 2人目の発表は、パスツール研究所 (フランス) Ray氏らによる、3D Architecture and Allosteric Changes for Cell Entry of the Envelope Glycoprotein Shell of Chikungnya Virusでした。チクングニアウイルスの表面にある膜に存在する糖タンパク質E1および受容体への結合の原因であるE2、前駆物質p62がフューリン切断されたうちのE3について、P62/E1E3/E2/E1の結晶構造から生化学や免疫学的な手法および電子顕微鏡のデータより、細胞に取り込まれる際にアロステリックな変化からウイルス表面でE1のループが露出することが分かりました。

 最後の発表は、マックスプランク生物物理化学研究所 (ドイツ) Stark氏らによる、Ribosome Dynamics and tRNA Movement as Visualized by Time-resolved Electron Cryomicroscopyでした。70Sリボソームを通したtRNAの動きを時間分割単粒子クライオ電顕の観察を行い、構造学的および熱力学的な観点から、リボソームはtRNAの動きを方向づける熱的なゆらぎを利用したブラウン運動をする装置としての役割が示されました。

 以上のような巨大分子の構造や動きを解析するためには、今後電顕やX線トモグラフィーの手法がさらに重要になってくるということが示されたセッションでした。(片岡未有、山口宏)

 

Plenary talk  (1810―1900
Exploiting the anisotropy of anomalous scattering boosts the phasing power of SAD and MAD experiments
講演者:Gerard Bricogne (Global Phasing Ltd.) (Chair; Wladek Minor)

引用文献に挙げられているM. Schiltz & G. Bricogne, Acta Cryst. D64, 711-729 (2008)と同じタイトルでの講演でしたが、まず歴史的背景として、異常分散に異方性が見られることを示したD. H. Templeton & L. K. Templeton2つの論文(Acta Cryst. A36, 237-241 (1980)Acta Cryst. A38, 62-67 (1982))が紹介されました。

講演の本質は、f'f"の偏光スペクトルの異方性からf'f"はテンソル表記すべきであること、f'f"の異常分散の異方性(anisotropy of anomalous scattering, AAS) はこれまで見過ごされ、その応用への可能性はほとんど未開拓であるが、位相の改良においてはSAD実験で第2の波長のデータセットを付け加えるのと同程度の効果があるということでした。

解析の1例として、selenomethionine phosphopantetheine adenylyltransferase (PPAT)AASにより3回回転対称は破れるが2回回転対称は保存されることが紹介されました。ただ、X線データ測定はκゴニオが必要など特殊になるようです。解析も難しいのかなと思いましたら、AASの寄与は

I(h) @kY2|F(h)+Gp’p(h)|2 

と近似でき、SHARP に既に組み込まれているそうです。解析ソフトを使いこなすのではなく、マニュアルを読みながらやっとの思いで使っている報告者にとっては、遠い世界の話のようでしたが、方法論を検討し着実に発展させる姿勢には感激しました。予定が遅れ、質問時間もなく、次のバンケットのためにパリに移動しなければならないのが残念でした。(山根隆)

 

Seine cruise and banquette

19:20-20:00 Transfer for a boat trip with dinner on Seine
20:00-22:30 Seine cruise and banquett
e

Plenary talkが終わると待っていた2台のバスでパリ市街へ向かいました。これも何も合図なく静かに出発。35分でエッフェル塔近くのビルアケム橋に到着、乗り場であるポール・ド・グルネルまで34分歩いてクルーズ船la Captane Fracasseに乗り込みました。このバンケットの詳細が分かったのは26日の朝で、都合により現地で集合しようとした人には、メトロのBir Hakeim駅で降りてすぐと言われてもなかなか分かりにくいところでした。セーヌ川クルーズは830分ごろスタート、シテ島を過ぎオーステルリッツ橋あたりで折り返し、グルネル橋ふもとの自由の女神像を見て折り返し、1030分ごろに解散となりました。参加したのは150名程度、10程度のテーブルに分散し、シャンペンと魚か鴨の料理と会話を楽しみました。特にISDSB2010Steering Committeeなどからの挨拶もありませんでした。930分ごろまでは明るいのですが、食事も一段落した10時少し前からは殆どの人が船の屋上に出て(船内と比べて肌寒いくらいでしたが)、ライトアップされたエッフェル塔などパリの夜景を楽しみました。参加した方々が非常に満足されたバンケットで、この程度のものを日本でやるのは大変で、パリという都会の歴史と景観、雰囲気と余裕を痛感しました。(山根隆)

 

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5 27

Plenary talk  (845930
Small angle X-ray scattering of biological macromolecules
講演者:Dmitri Svergun (EMBL, Hamburg)  (Chair Gerard Bricogne)

EMBL Dimitri Svergun が小角散乱法のよる生体高分子の研究についてレビューを行った。ご承知のように 近年の、とくに溶液の小角散乱法の研究の発展は目覚しい。彼は最近の研究例を交えながら、展望を行った。

結晶のX線構造が解析され、原子座標が求まっているとき、この座標を用いて溶液散乱曲線を評価するプログラムCRYMOL が開発されていて、これを用いてタンパク質分子の溶液中での挙動を追跡することができる。このように各種のコンピュータープログラムの開発とあいまって、一見実験データの乏しい小角散乱法に豊かな内容を付与することが出来るのである。

講演では多数の成功例が紹介された。そのひとつに、クロストリジウム・ディシフィレの産生する毒素TcdB の構造研究がある。これは大腸炎の原因となる物質であるが、アミノ酸2366個からなる大きいタンパク質であり、4つのドメインから成る。そのままでは結晶解析の対象に出来ず、各ドメインに分けて構造解析が行われた。そのデータを参照して、溶液散乱の結果が解析され、全体が275の細長い形状であること、4つのドメインの結合状態とその間のコンフォーメーション変化などの知見が得られた。タンパク質化学、結晶解析、そして溶液散乱と各領域の研究者のデータを総合して深い情報が得られることが示された。 (安岡則武)

 


S5. Membrane Proteins  (9501120(Chair )

本セッションは過去2回のISDSBでも企画されたもので、回折構造生物学としての主要項目のひとつです。現在、プロテイン・データ・バンクの登録数は、世界的に展開されている網羅的構造解析プロジェクトの成果もあり6万を越えていますが、その内で膜タンパク質の登録数は今なお数百程度に過ぎません。膜タンパク質は、生物界の蛋白質の3割を越えていることから、まだまだ今後の発展が期待される研究領域です。今回は、米国NIHSuzan BuchananCrystal Structures of the Autotransporter EspP before and after Passenger Cleavage Reveal a Novel Outer Membrane Cleavage Mechanism、英国Imperial CollegeAlexander CameronMolecular Basis of the Alternating Access Model of Membrane Transport by the Sodium-hydantoin Transporter Mhp1のタイトルで行った講演は、細胞が外部から生体膜を介して物質を取り込む際に働くTransporterを対象としており、創薬開発の上からも非常に示唆に富むものでした。筆者はStructure of Photosystem II Complex Around Oxygen-evolving Mn4OxCa-Clusterのタイトルで、光合成で水から酸素を発生させている光化学系II粒子の酸素発生機構について報告しました。これは今後の発展が期待される人工光合成に道を拓く可能性を含むものです。今回のセッションでは講演者は以上の3名で、膜タンパク質の自然界における広がりを考えると提供された話題の種類の点で少し物足りなさを感じましたが、膜タンパク質の結晶構造解析法が現在も着実に進歩しており、創薬や新エネルギー開発などの応用への可能性を垣間みることができた点で、意義あるセッションであったと思います。(神谷信夫

 


S6. Protein structure/functions  (11401315(Chair Nori Yasuoka)

1. Allesteric Control of Nuclear Receptors Dimerization
講演者:Dino Moras (IGBMC, Strasbourg, France)

核内受容体であるレチノイン酸受容体 (RAR)は,核内に存在し,レチノイン酸の受容体であり,retinoid X receptor (RXR)とヘテロ二量体を形成することにより機能する.Morasらは,ヒトRARgのリガンド結合ドメインとレチノイン酸の複合体の構造を2.0Å分解能でかいせきし,結合様式を明らかにした.また,ヒトRARaPPARgの複合体の構造を基に,複合体形成機構をSAXSSANSおよびFRETにより検証した.またRARbの二量体形成機構についてSDS-PAGEおよびAUCにより確認を行った.これらの研究により,coactivatorの結合によるリガンドのコンフォメーション変化とRARLBDドメインの二量体形成によるアロステリック制御が存在することが明らかになった.その結果,2つ目のcoactivatorであるCoAの結合に影響し,2つ目のCoAは1つ目のCoAと異なるコンフォメーションで結合することが明らかにされた.

 
2. Glutamate dehydrogenase: structure, allostery, evolution, and role in insulin homeostasis.
講演者:Thomas Smith, (Danforth Plant Science Center, Saint Louis, USA) 


Gultamate Dehydrogenase (GDH)
は,全生物中に存在し,NAD(P)+を補酵素としてL-グルタミン酸からa-ketoglutarateへの化学変化を不可逆的に触媒する酵素である.動物のGDH~500アミノ酸残基からなるサブユニットが六量体を形成し,様々な基質によりアロステリックな調節を行う.Thomas J. Smithらは、ヒトとウシのGDHの結晶構造を調節因子と基質の存在下および非存在下で明らかにした.阻害剤であるGTPとの複合体では,マウスのGDHは閉じた構造をとり、活性化剤であるADPとの複合体では開いた構造をとる.インスリン過剰症(Hyperinslin)の小児患者でGDHGTP結合領域に変異があることがあり,その結果GTPによる抑制制御が失われることが明らかにされた.その結果,a-ketoglutarateが過剰産生され,クレブス回路を介してインスリンの発現を上昇させ,インスリン過剰症を発症する.Smithらは緑茶中に含まれる
Epigallocatechin gallate (EGCG)ADP結合部位に結合し,インスリンの分泌過剰を抑制することを明らかにした.

 
3. Structures, regulation and evolution of glutamate synthases
講演者:Maria Vanoni (U. of Milano, Italy)

グルタミン酸合成酵素(Glutamate synthase: GltS)は,FMN3Fe-4Sクラスターをもち,L-グルタミンとa-ketoglutarateからグルタミン酸を2分子合成する酵素である.GltSはグルタミン合成酵素と共にアンモニア同化に必須であり,微生物,植物や下等動物などに含まれる.非マメ科に共生する窒素固定菌Azospirillum brasilenseは,162 kDaaサブユニットと52 kDabサブユニットから構成される.ミラノ大学のVanomiらは,Azospirillum brasilenseGltSaサブユニットの構造を3Fe-4SクラスターのFeの異常分散効果を利用したMAD方により3.0Å分解能で決定した.次にaサブユニットおよびbサブユニットを含むGltSを調製し,cryoEMにより9.5Å分解能の構造解析を行った.得られたCryoEMの密度図にaサブユニットの結晶構造およびbサブユニットのモデルをあてはめ,GltSの六量体の構造を明らかにした.また,SAXSを用いてGltSの多量体形成機構について解明した.(池水信二)

 

Poster session I and Commercial Exhibittion, Visit to SOLEIL 15001900

ポスターセッションIでは42件のポスターが展示されており、新規構造解析から構造をもとにした構造生物学的知見が発表されていました。中でも構造生物学から製薬産業への応用として、リガンドとの複合体構造解析および創薬ターゲットになりうる蛋白質の構造解析について報告させて頂きます。T Huetらによる発表では、核内受容体VDRと活性プロファイルの異なるリガンドGeminiとの複合体構造解析により、副作用を軽減させるようなリガンド設計について示されていました。薬剤を設計するにあたり、X線構造解析により異なる活性を示す新規相互作用が視覚的に加わることにより、より精度の高い薬剤設計が可能になっていくのではないかと思いました。また、J F Ohrenらの発表では、創薬ターゲットとしてのCK1 delta および CK1 epsilonの選択的な阻害剤の設計について示されていました。kinasefamilyの構造が非常に類似しており、選択的な阻害剤を設計することは難しい課題になります。しかし、hinge領域、ATP ribose結合領域、gate keeper領域の3点を組み合わせることにCK1 epsilon選択的な阻害剤が設計可能になることが示されていました。創薬ターゲットは同じような問題を抱えているターゲットがあります。この手法も薬剤設計の1つのアイデアになりうると思いました。最後に最近注目の抗体創薬関連の発表について報告させて頂きます。S Ikemizuらの発表では、抗体ターゲットの1つであるIL-23の新規構造解析について報告されていました。抗体のエピトープになる部分を探索する上でも構造があるものとないものでは作業効率は大きく変わります。こういった新規構造においても、産業への効果は大きいと思います。今後、アカデミックの分野においても複数のリガンドとの複合体構造解析や創薬ターゲットの候補となりうる新規構造解析がなされ、産業界への応用につながっていくことを期待します。(角田真二)

企業展示について報告します。出展社は7社ほどで、BETSA社は超高圧化でのX線回折実験のためのチャンバー等を、ELEXIENCE社は小型の電顕等をIRELEC社はビームライン用部品等を、RIGAKUX線回折実験関係の機器を、Wyatt Technologyは動的光散乱関係の機器を、5PRIME GmbHは無細胞系の発現システムを、MEDIT SAFRAGMENT/TARGET-BASED DRUG DESIGNソフトを展示していました。とくに、5PRIME GmbHでは、ロッシュが開発した無細胞タンパク質発現系を技術移転して製造しているのだそうで、日本ではフナコシが代理店になっているということです。また、MEDIT SAは、例えばタンパク質の新規構造が得られた場合に、その構造データを先方のサーバに送ると、活性部位やリガンドを探すようなクライアント-サーバ型の利用法ができると力説していましたが、国内代理店は菱化システムで、そこによれば、クライアント-サーバの一体での市販を通常は想定しているということです。
 企業展示の時間は3時間ほどで短く、出展社側も十分な宣伝にならないという感じで、やや力が入っていないように見受けられました。(田仲広明)

 

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Plenary talk 845―930
Structure-inspired Functional Discovery for a Family of Novel Anion Channels
講演者 Yuhang Chen and Wayne A. HendricksonColumbia University (Chair Claudio Luchinat)

Hendricksonらは、以前から行われているような生物学的機能が解明されているタンパク質の構造解析だけでなく、プロテオミクス的手法から生物学的機能を解明する必要性を説いています。これを推進するため、HendricksonらはNY COMPS New York Consortium on Membrane Protein Structure)を設立し、膜タンパク質の構造解析パイプラインの構築に取り組んでいます。この成果の一つが、本講演で紹介された細菌由来TehAX線結晶構造に基づく植物SLAC1の構造と機能の解析です。

TehAは、植物の気孔の開閉に関わる陰イオンチャネルSLAC1のホモログです。SLAC1OST1によるリン酸化を受けることで活性化し、Cl-イオンのチャネルとして働きます。NY COMPSのデータベース中には43TehAホモログが登録されており、HendricksonらはHaemophilus influenzae由来TehAX線結晶構造を1.2 Å分解能で決定することに成功しました。TehAは三量体を形成しており、各プロトマーは10個の膜貫通領域を持つ擬5回対称の構造を有していました。個々のプロトマーがチャネルとして働いており、ホモログ間で特に保存性が高いPhe262SLAC1Phe450)がチャネルのゲートとして働くと考えられます。TehA Phe262Ala置換体のX線結晶構造解析を行ったところ、この変異体はチャネルが開いた構造を取っていることが明らかになりました。

さらに、TehAPhe262およびSLAC1Phe450がゲートとして働くことを示すため、TehAの野生型およびPhe262Ala置換体、SLAC1 Phe450の野生型およびAlaValLeu置換体をアフリカツメガエルの卵母細胞に発現させ、膜電位を計測しました。その結果、TehAは野生型ではチャネルが閉じた状態、Ala置換体ではチャネルが開いた状態であること、SLAC1は野生型ではOST1共存化でのみチャネルが開き、Ala置換体では常に開いていること、Leu置換体ではOST1が存在してもチャネルが閉じた状態のままであることがわかりました。また、SLAC1ではOST1によるリン酸化が構造変化を引き起こし、ゲートが開くことが示唆されました。

本セッションは朝早くに始まったにも拘らず会場は約100名の参加者でほぼ満席であり、Hendricksonの講演に対する期待が表れていました。講演は、プロテオミクス的手法から生物学的機能を解明した先進的な研究を、先行研究を踏まえわかりやすく紹介したものであり、質疑でもSLAC1の構造変化に関わるリン酸化部位の同定の必要性といった今後の研究指針について、活発な討論がなされていました。本講演は、今後構造生物学研究が進むべき方向性を示した、非常に参考になるものでした。(山村昭裕)

 

S7. Coupling NMR/XRD, X-ray technologies  (1000―1200 
Chair: Takashi Yamane, Noriyuki Igarashi

この10年間で急速に発展しているマイクロビーム関係の講演が2件あり、タンパク質の構造解析にマイクロビームが非常に有用であることが紹介されました。また、小角散乱(SAXS)NMRなどを組合せた手法や高圧化での解析など方法論としても興味のあるセッションでした。

1.Small angle X-ray data and paramagnetism-based NMR restraints are highly complementary in defining the conformational space sampled by flexible two-domain proteins.
講演者: Claudio Luchinat (Magnetic Resonance Center, University of Florence)

柔軟で構造がディスオーダーなmuliti-domain構造を有するタンパク質の全体像を、SAXSや、NMRを併用してなんとしても求めようとする熱意が感じられる講演でした。muliti-domain構造を有するタンパク質はドメイン間を結びつけるリンカー領域の自由度が高いために一定の構造をとるのではなく、ドメインの配置が相対的に異なる構造(conformational ansemble)をとり、NMRSAXSではensemble averageが求まります。Luchinat教授らは、2個のドメイン構造をもつ柔軟なタンパク質、MMP-12NK1 domainを例に、maximum allowed probability (MAP)の概念を導入し、NMRSAXSのデータと組み合わせてMAPを評価する方法を提案しています。MAPの大きいコンフォメーションがより長く存在できる(より安定な)構造になります。NMR実験のためにはLaを取り込ませるための変異も必要とのことでした。

2. Micro-beam macromolecular crystallography and reduced radiation damage.
講演者: F. F. Fischetti (Argonne National Lab.)

マイクロビームによる測定では、高分解能でのS/Nが顕著に向上すること、タンパク質の結晶には不均一性があり、結晶をスキャンすることにより最も結晶のよい領域をサーチすることの重要性、X線照射による結晶の損傷の大幅な減少、について紹介されました。X線による損傷は、主にX線照射により生じた光電子が結晶中に留まり、原子と衝突してエネルギーを失うことにより発生します。しかし、結晶のサイズが光電子の起点から移動する距離に比べて小さいなら、ビームの当たっている領域内の放射線損傷は減少するであろうということで、ほぼ1/3減少するというシミュレーション結果も紹介されました。

3. High-pressure macromolecular Crystallography
講演者: Eric Girard (Institute de Biologie Structurale)

 ISDSB2010の実行委員長的役割を果たされたProf. R. Fourmeらのグループの研究紹介でした。ハードとしては、ESRFID27High-pressure bean-lineで波長は0.3738IのK端)でビーム径は50×50 mm2;ダイヤモンド・アンビル・セルはキャビティの直径 400 mm、厚さ 150―200 mm0.8 GPa1.9 GPaまで加圧。

 圧縮適合に関して2件の研究紹介がありました。TET peptidaseでは1 300 MPaまでSAXS測定を行い、構造に変化がないことが示されました。ADNAであるd(GGTATACG)は圧力により転写活性が変化するそうですが、構造の変化についてはよく分かりませんでした。

 生物学的機能のトラッピングと称して2件の研究が報告されました。GFPにおける圧力による蛍光の揺らぎのパターン、高圧化では減少して一定となることの紹介がありました。urate oxidaseでは特に圧力に敏感な3本のループがあることと、疎水性キャビティの役割についての紹介でした。キャビティの容積は圧力をかけると15 %減少するのに、活性は15 %増加するので、キャビティが活性部位の柔軟性を提供する場であるとのモデルが提供されましたが、高圧化での活性測定はspectrometry以外では無理かなと思う実験でした。

4. The future of micro- and nano-diffraction of membrane protein samples.
講演者: Gebhard F. X. Schertler (Paul Scherrer Institute)

169委員会が、新型インフルエンザで騒々しかった平成21513日開催の第29研究会で講演をしていただいたG. Schertler博士(その時の詳細は本委員会のNews Letter (Vol. 3-1, 2009)をご覧ください)による、極微小結晶のマイクロビームラインでの測定の有効性についての紹介でした。

CPCRの解析を例に、”microcrystallography”の貴重なノウハウ、器具の使用法や試料の調整など、が紹介されました。具体例として挙げられたハイスループットロボットシステム、Lipidic Cubic Phase Dispenser、を用いた膜タンパク質の結晶化と膜タンパク質結晶の検出は興味あるものでした。ポスターででも、複数波長のUV280nm,380nmなど)による数μオーダーの結晶の可視化が紹介されていましたが、より大きな塩の結晶の傍の2m mのタンパク質結晶の検出はみごとでした。最後に、膜タンパク質の結晶化にはscanning mutagenesisが必須と言われ、発現系を構築するチームとの連携の重要さを改めて認識しました。(山根隆)

 

Poster session II 12001315

ポスターセッションIは放射光施設SOLEILにおいて、ポスターセッションIIParis-Sud/XI大学の講演会場の出入口の扉を開けてすぐの廊下において行われました。ポスターセッションIは放射光施設の見学も並行して行われたのですが、見学がポスター発表・企業展示の時間と明確に分けられていなかったため、発表者と聴講者が必ずしもうまく巡り合うことができず、やや活発さに欠ける印象を受けました。それに比べるとポスターセッションIIは活発な議論が展開されていたように思われます。

ポスターセッションIは解析結果に関する発表が集められていたのに対し、ポスターセッションIIは装置や技術に関する発表が集められており、要旨集に掲載されているのは19件ですが、2件追加され計21件の発表がありました。その内の多くは放射光施設に関するもので、日本からはPFでのハイスループット化に伴う自動測定に関して複数の発表がありました。中でも、L. ChavasらによるUVを用いた結晶のセンタリングについての発表では、LEDを用いることで熱の放射を抑え、結晶へのダメージを防ぐようにするとのことでした。これは、通常のセンタリング時に結晶をビデオモニターに映す際の光源についても言え、今後、光源の熱が問題になる場合には光源をLEDに置き換えることで問題が解決できると思いました。日本以外からは、高圧下でのデータ収集に関する発表が複数(U. Englichら、R. Fourmeら)ありました。また、放射光施設以外に関しては、T. Sakaiらによる実験室系での高輝度X線発生装置の開発、N. Watanabeらによる溶液の無い状態でのクライオ結晶マウント技術の開発、S. Takahashiら、H. Tanakaらによる宇宙での結晶化などの発表もありました。最近では放射光は身近に使えるようになってきましたが、特殊環境下での測定は困難な場合もあり、実験室系で解析に十分なデータを測定できることは重要であるため、実験室系での装置の開発には期待したいと思っています。(山村滋典)

 

Plenary talk 14301515
Neutrons in diffraction structural biology making the best use of neutrons
講演者:Ichiro Tanaka (Ibaraki University) Chair: Matthew Blakely

1)中性子構造生物学の歴史と意義

 Benno Schoenbornらによって1960年後半に始めてミオグロビンの中性子結晶構造解析がなされ、当時のタンパク質のX線結晶構造解析では全く観測されていなかった水素原子の観測に成功しました。その後、Wlodawer, KossiakoffらがBPTI, insulin, RNase A, Trypsinなどの中性子解析実験を行いました。これらは、簡単に大型結晶育成が得られたからで、それでもデータ収集に1年近く要するのが普通でした。結局、1980年代後半には全く廃れてしまいました。1994年に新村らにより中性子イメージングプレート(NIP)が開発され、これを使用した、準ラウエ回折計(LADI-1,LADI-3)や単色中性子回折装置(BIX-3,BIX-4)では結晶の大きさにもよるが、1週間から4週間でデータ収集が出来る様になり、この分野が復活しました。

2)中性子構造生物学の現状

 2.1 BIX-3, 4の成果

  水素原子が観測されたことで、活性部位のプロトネーション状態が観測されたり、水分子が水素原子まで含めて観測され、詳細な水和構造が判明しました。また、最近、PYPlow barrier hydrogen bondが観測されたこととそれの意義、HIV-proteaseの活性部位のプロトネションの観測、セリンプロテアーゼelastase, trypsin-BPTI, Thrombinらの活性部位の詳細が紹介されました。

 2.1 iBIXの成果

 中性子構造生物学はNIPの使用で復活はしましたが、X線と較べて、中性子強度不足は10桁近い差があり、それをすこしでも解決しようとしたのが、J-PARC中性子源です。現在、中性子構造生物学用に茨城県生体物質構造解析用装置(iBIX)が、加速器出力が120kW(最終目標1000kW)で、iBIXの検出器数も14台(最終目標:62台)で現在稼働しています。

現時点での測定性能はBIX-3の約5倍程度ですが、加速器出力や検出器個数が最終目標に達すると、現在のBIX-3100-150倍になることが、現状から推測されています。すでに、グルタミン酸結晶やウジリン5’-一リン酸二ナトリウム水和物(Na2UMP)の結晶構造解析が終了し、現在RNase Aも分解能1.4Aのデータが取得されつつあります。

3)まとめ

現在,中性子構造生物学用に稼働している回折計はフランスのLADI-3, 日本のBIX-3, BIX-4およびiBIX, 米国のPCSで、米国SNS(最終目標2MWのパルス中性子源)MaNDi回折装置が建設中です。

LADI-3, BIX-3,BIX-4は従来通り稼働しています。iBIXは加速器power増、検出器増が行われる予定で、最終目標達成時(4から5年後)には100 sample(1mm3)/yearを可能にする計画です。MaNDiの完成も4から5年後なので、その頃には、誰もが中性子構造解析がかなり自由に行える時代となるでしょう。(新村信雄)

 

S8. Structural Genomics  (15451715Chair: Dino Moras
1.   Structural genomics and the expanding protein universe.
講演者: Ian Wilson (JCSG, Scripps Research Inst.)

Protein Structure InitiativePSI)はNIGMSにより2000年に設立された構造ゲノムプロジェクトで、現在ではPSI-2に移行し、4カ所の大規模センターを中心に3000以上の蛋白質の立体構造を解析すべく運営されています。JCSGはその1つで、この10年間に発現、精製、結晶化、測定、構造解析、データ管理に渡るハイスループットパイプラインを開発しつつ、1000種類以上の構造をPDBに登録してきました。JCSGでは高熱性真性細菌のThermotoga meritimaの可及的全蛋白質構造解析を目指しています。T. meritimaは最小ゲノム生物種の1つで、1877種の遺伝子を持ち、PDBには既に18%331種類)の蛋白質構造が登録されています。また、24%の蛋白質は分子置換で構造解析可能と思われるため、現状では42%の蛋白質の立体構造が既知とのことです。

2.   Non-protein components of protein structures and other biomedical aspects ofstructural genomics.
講演者: Wladek Minor (MCSG, CSGID, U. of Virginia)

PDBに登録されている蛋白質構造の90%以上には有機化合物や金属イオンが含まれますが、それらの温度因子、占有率、イオン価数等は蛋白質分子本体に比べて精度が低く、原子間距離が低分子化合物の結晶構造と比べて明らかに異常値を示す場合も多いのが現状です。回折データ処理や構造精密化の作業フローは構造ゲノムプロジェクトにより最適化が進められており、最新プロトコールによって処理し直しただけで分子モデルの精度が向上し、異常値が解消される場合が良くあるそうです。精密な分子構造を必要とする医薬分子設計には、こうした問題を含まない構造を提供していく必要があり、単なる「ハイスループット構造解析パイプライン」ではなく、「ハイアウトプット構造ベース創薬」を目指したいと演者は語っていました。

3.   Family wide structural and functional analysis of the human proteome.
講演者: Stefan Knapp (SGC, U. of Oxford)

Structural Genomics ConsortiumSGC)はWelcome Trustや政府機関の出資で運営される非営利の構造ゲノム研究組織で、現在は英国、スウェーデン、カナダ、シンガポールに研究拠点を持っています。重要な創薬標的であるプロテインキナーゼ(PK)、プロテインチロシンフォスファターゼ(PTP)、ブロモドメイン(BRD)の網羅的構造解析で顕著な成果を挙げています。PKでは全514種の内の134種が構造解析されており(解析網羅率:27%)、SGC42種を解析しました。アデニン結合ポケットは薬物設計に向いており、上市薬も多数存在しますが、基本的構造が共通なため、阻害剤開発ではPK間での交差阻害に配慮する必要があります。SGCでは蛋白質融点簡易測定法によるスクリーニング、等温滴定カロリメトリーと結晶構造解析による結合強度と結合様式の検証を経て高選択性化合物を見出しています。PTPでは全46種のうち34種が構造解析されており(解析網羅率:74%)、SGC24種を解析しました。基質結合ポケットが親水的なため、一般に薬物設計が難しいとされています。BRDでは全57種のうち32種が構造解析されており(解析網羅率:56%)、SGC24種を解析しました。PKと同様の方法によって得られた高選択性化合物は、細胞アッセイでも陽性を示しているそうです。(杉尾成俊)

 

Plenary talk 17151800
Electron-Cryomicroscopy: From Molecules to Systems
講演者:Wolfgang Baumeister (Max Planck Institute of Biochemistry) (Chair Carolyn Larabell)

Prof. Baumeisterの講演は、これまでの電子顕微鏡法による研究、特にクライオ電子線トモグラフィーの研究開発に関わるもので、分子構造から生理機能のシステムに至るまでの解析を目指したものでした。現在、電子線トモグラフィーの研究開発の中心的人物であり、この新手法が全く注目を集めず、ストラテジーも混沌とした状態から電子顕微鏡法の1つの手法として認められ、今日に開花させるに至った本講演者等の長年にわたる努力と優れた先見の明には、ひとりの研究者として歴史的な感動すら覚えます。講演は、圧巻の一言に尽きました。

電子顕微鏡法による生物試料の構造解析には、電子線結晶構造解析、単粒子解析、および電子線トモグラフィーがあります。電子線結晶構造解析で、これまでに、いくつかの膜タンパク質の三次元構造が解析されていますが、未だに高分解能な構造を得るのは非常に困難です。単粒子解析法は、この手法単独で精製された生体分子の立体構造を、分解能10程度で解析することができます。これに加えて、結晶構造解析による個々の分子の高分解能構造解析や、電子線トモグラフィーによる大きな分子複合体の構造解析などと比較的容易に、組み合わせた融合的な研究を展開することが可能です。Baumeister研究室では、電子線トモグラフィーの開発にほぼ20年間を費やしており、現在、分子分解能レベルのクライオ電子線トモグラフィーを主な研究手法としています。これまでに行った解析例が順次、紹介されました。

(1)26Sプロテアソームの構造解析:26Sプロテアソームは、20Sコアと19Sキャップから成り、それぞれ複数のサブユニットから形成される複合体です。この分子の持つ性質である「複雑さ・ゆらぎ・多様性」などのために、26Sプロテアソームの構造解析は非常に困難を極めました。そこでまず、プロテオミクスによる相互作用情報を利用して、yeast-2-hybrid法、プルダウン法・共精製、MS-MS、クロスリンク、ビアコアなどによる解析を行いました。これに加えて、単粒子解析法により得られた全体構造の密度マップから、ショウジョウバエ26Sプロテアソームのモデリング(個々のサブユニットの配置の解明)も行いました。この際、19Sサブユニットの位置の同定には、サブユニットにGFPを融合して複合体を発現させて単粒子解析を行い、GFPを融合していない複合体との構造比較から、サブユニットの位置を同定するという解析手法を行いました。

(2)TPPの構造解析:TPPTripeptidyl peptidase)は、in vivoでは、2本の10量体がねじれた構造で、20分子から成る安定なユニットを形成しています。しかし、in vitroではタンパク質濃度に依存して様々なユニットが形成されます。そこで、安定なユニットをin vitroで形成する条件を検討し、クライオ単粒子解析により得られたTPP全体構造に、X線結晶構造をフィッティングすることにより構造の解析を行いました。

(3)核膜孔複合体のin situ構造解析:単離したタマホコリカビの核を用いて、クライオ電子線トモグラフィーにより構造解析を行いました。その結果、「核移行シグナル-GFP-金」融合分子を用いて、核膜孔を介した輸送メカニズムを解明しました。また、凍結試料切片の作製にはクライオウルトラミクロトームによる超薄切削法ではなく、最新の集束イオンビーム(FIB)装置による試料切削法が用いられました。

 (4)リボソームのin situ構造解析:U87細胞(ヒトglioblastoma細胞)の電子線トモグラフィーを行い、トモグラムから種々のポリリボソームの形状を観察することができました。また、無処置、またはピューロマイシン処理を行った細胞を用いて、トモグラムから個々のリボソーム粒子を拾い上げ、ヒト80Sリボソームをin situで構造解析しました。さらに、飢餓状態にある大腸菌100Sリボソームもクライオ電子線トモグラフィーによりin situで構造解析を行いました。

 最後に、電子顕微鏡法による構造解析において、今後、必要とされる改良点について、以下の5つの項目を挙げました。(a) 試料の薄切方法、(b) 二軸傾斜によるデータ取得、(c) 低コントラストなイメージに対する検出感度の向上、(d) 粒子の自動切り出し等の自動処理化、そして(e) 解析した画像/立体像の可視化法、などです。そして、これらについては、さらなる検討と継続的な開発の必要性を強調しました。(宮澤淳夫)

 

Closing Ceremony  (18001815
 Steering Committee Prof. John Helliwell の司会のもと、Prof. Roger Fourme, Prof. Nori Yasuoka, Dr. Jack JohnsonによりISDSB2010が成功裏に終わったとの感想が述べられ、山根隆169委員会副委員長がSteering Committeeや関係者、講師および参加者に感謝の意を述べるとともに、Steering Committeeとの協議により次回の国際シンポジウムは2013年に日本で開催の予定であるとの報告を持って、ISDSB2010は閉会しました。 (山根隆)
  回折構造生物169委員会