構造生物 Vol.1 No.1 1995年9月発行

資料1  平成6年5月11日

TARA専用放射光ビームラインの提案


1. 要求事由

 TARA構想は基礎研究を中心としながらも一部応用研究を実、施している大学、目的研究としては国公立の研究所、及び応用研究から開発研究までを中心に置く民間研究所の三者が連帯して研究事業を促進するものであり、TARAセンターはその核としてこの計画を推進するために設立された。

 TARAセンターの研究は7本の柱からなりその内生物形態変換研究アスペクト、生命機能制御研究アスペクト、ナノロジー研究アスペクト、及び極限材料/計測研究アスペクトの4分野はいずれも自然科学の基礎及び応用研究とそれを推進するための新しい科学技術の開発研究を目指している。

 この内生物の形態形成即ち分化発生に伴う機能発現や形態変化調節のメカニズムを組織および細胞レベルで研究する生物形態変換研究アスペクト、遺伝子及び蛋白質のいわゆる分子レベルの研究を中心とした生命機能.制御研究アスペクトは医学及び生物学、農学の基礎及び応用研究の中心的な課題である。

 この2分野は分子レベルから生体観察まで幅広い研究分野を包含しているが、その基礎であり且つその最終目標はそれらを構成する物質の分子構造を基礎にして機能、及び制御機構を議論することが出来ることである。巨大分子及び超分子の構造解析は本研究の最も重要な手段であり、これまでの研究から放射光利用により静的構造から動的構造へと幅がひろがり今や革命的な成果がもたらされようとしている分野の一つである。

 ナノロジー研究アスペクトはナノメートルの大きさを持つ原子や分子集団の独特の振舞いを研究することを目的としている。例えばC60の様なフラーレン等煙(微粒子)の研究つまり分子集団のミクロ及びマクロな性格を研究する重要な手段の一つとして中、高角敵乱に加えて小角散乱がある。更にコンピューターシミュレーション等を駆使するためにもその基礎は分子構造と言うことになる。従って放射光利用は重要である。

 極限材料/計測研究アスペクトこれは正に高温・高圧・超低温等の物性研究・生成過程・合成法の研究或いは高温超伝導の研究など様々な研究が含まれる

 上記4つのアスペクトに共通することは何らかの意味で「放射光(SR)が大変役に立つ」と言うことである。即ちSR利用の手段としては

1)X線結晶解析

 a)蛋白質等の高分子化合物(時分割ラウエ法による反応機構の研究を含む)

 b)低分子有機化合物の構造研究

 c)低分子無機化合物の構造研究

 d)特殊条件下(高温・超低温・高圧)の物性・反応機構・合成等の研究

 e)表面(触媒を含む)の研究

 f)新しい解析法の開発

 g)解析の自動化

2)高、中及び小角散乱

 a)生体(組織)から溶液敵乱まで全てを含む研究

 b)合金の研究

 c)合成繊維などの研究

 d)非晶質分子集団の研究

3)XAFS

 a)生体物質の部分構造、特に溶液中で測定可能

 b)固体、液体を間わず吸収端に当たる原子の周りの部分構造カ、研究

 c)上記の研究成果に基ずく応用研究

4)蛍光分析

 a)微量元素分析(目的とする原子の定量をμmの空間分解能で知ることが出来る)。

 b)上記の研究成果に基づく応用研究

5)極限材料研究

6)計測装置の開発研究

 a)光学系の開発

 b)測定装置の開発

 c)検出器の開発

 d)制御ソフトの開発

7)X線顕微鏡

 X線顕微鏡は電子顕微鏡のように高真空中に試料を置く必要がなく、更に軟X線の波長を目的の原子の吸収端に合わせる事によりコントラストを付けることが出来る、光学顕微鏡より分解能が高い等、多くの利点があるので応用範囲は広いが、しかし安定した強力な円偏光アンジュレーターラインが必要である。そのためPFではAR(トリスタン用の蓄積リング)のNE1で行っておりここで建設の対象としているBL5では残念ながら無理と思われる。

 以上述べて来たようにSRはTARAの多くのアスペクトにとって重要な手段でありしかも放射光実験施設は直ぐ隣の施設であるから大いに利用すべきである。しかし現状ではビームラインによっては極めて混雑しており、共同利用研究では制約もあるのでTARAプロジェクトの機能を十分発揮できるような仕様とすることは極めて困難である。

 そこで私は「TARA専用のビームライン」を持つことを提言する。

 特にBL5は最後に残された挿入光源(マルチポールウイグラー等)を挿入できるところであり、これをTARA用に確保する事は極めて重要である挿入光源の設計にも依るが少なくとも偏向電磁石からのSR光より10は強い、恐らく30−50倍強力なビームラインが作れるであろう。又BL5全体では小さなハッチで研究出来る分野と大きなハッチが必要な分野を巧く組み合わせれば2−3個のステーションを建設出来るので、その数だけの分野の研究が同時に実験できる、或いはタンデムに光を使えばタイムシェアーする事により4−5の分野の実験が可能になる。BL5は今申し出ないと近い内に(予算が出来次第)PFで建設を開始する。そうなってはTARAで申し込んでも取り上げられる可能性は全くなくなる。

 

2.設備費の内訳と建設協力

費用

挿入光源

機関チャンネ

ルビームチャンネル/1本

測定装置

 

0.7-1.0億円

0.5-0.6

1.0-1.4(ハッチを含む)

1.2-1.3(蛋白質結晶解析の場合)

0.5?(XAFS)

 

 測定装置はその規模により大きく変動するためその分野の人が算定すべきである。PFと交渉するに当たって差し当たり約3億円必要である。これだけ用意しても建設許可が出るかどうかはやってみないと分からない。実を言うとBL5には既に機関チャンネルが現在付いている、しかしBL12?のスクラップアンドビルドのためにBL5の機関チャンネルをBL12?に移す計画が進んでいる。今ならストップ出来るかも知れない(たぶん手遅れ)。

 建設は筑波大学(例えば坂部知平、池水信二、大嶋建一、その他)とPF(渡辺信久、山本樹、その他測定器、北村英男他光源のスタッフ)の協力による。

 これはあくまで、私が勝手に考えていることで、放射光実験施設には未だ一切話していません。もし先生の賛成が得られるなら頑張ってみたいと思っています。

 

3.研究計画及び課題

 ここでまずこのビームラインが建設された場合のメリットについて考えてみる。現在放射光を利用できる施設は世界にはかなり建設されているがX線領域の光源として利用できるところは世界的にもまだ10ヶ所程度である。このうちアメリカではスタンフォード大学、コーネル大学などがX線の出る放射光実験施設をもっており科学技術の基礎研究において常に先端的な成果を生みだしている。一方わが国に目を向けるとX線の利用できるのは現在のところ文部省高エネルギー物理学研究所放射光実験施設に限定されており、筑波大学TARAセンターはそこから最短距離にありここが專用のビームラインを持つことにより最先端の科学技術開発に貢献できる可能性は極めて高い。

 要求事由において述べたようにTARAセンターとしては広範な利用が考えられ、これを利用して先端的な基礎応用研究並びに技術開発の促進が予想されるがここでは私の專門とするTARA専用蛋白質結晶解析用実験ステーションが出来た場合の構想を掲げる。

 そこで考えられる主な研究としては先に述べたように共同利用研究の限界を打破すると共に放射光利用施設に最も近い生物および生命関係の研究センターであることのメリットを充分にいかした研究課題を推進すべきであると考える。

1)生体分子には極めて不安定な物質があり寿命が時間オーダーのものがある。そのようなものはサンプルの調整場所と測定場所が近い必要がある。そこでこのような物質の構造研究は他では出来ないので重要に成ろう。

2)緊急性の高いもの、特に医学関係

3)マイクロ秒での時分割反応に伴う構造変化の研究

4)蛋白質緒晶構造の超精密解析とDiffuse scattering

5)上記に関する測定装置及び検出器の開発

 テーマには自然科学の真理の探求とそれに係わる科学技術開発に関するものがあるが、前者についてはプロジェクトチームの人的構成から見てつくば大学の研究者層のレベルと厚さに依存すると考えられる。

 

4.これまでのPFにおける蛋白質結晶構造に関する実績

 まず言えることは今まで蛋自質の結晶構造解析はデータ収集のみで半隼から1年は掛かると言われていたが数日のオーダーで解析に必要な全データーの収集が可能になる。しかも難しいテーマでも十分な測定時間が与えられれば大いに発展し不可能が可能に成る事もあり得る。

 TARAプロジェクトは本学のプロジェクトであるから本学が主体になって進め成果を上げる必要がある事は当然であるがそれを考察する前に本プロジェクトが産官学及び外国との協力の上に開花させる物であるのでまず外堀から考察することにする。

1)TARAプロジェクトに有用な海外の人材

 現在PFの蛋白結晶解析用の実験ステーションはBL6A及びBL18Bの2カ所あるが100以上のテーマが常時走っているので、1テーマ当たり年間2−3日しかビームタイムは配分されない。希望の1−2割しか満たされない状況である。これではTARAで十分な成果を上げることが出来。ない。TARAとしてデータ収集の時間を十分保証した場合大きな成果をが期待できるグループと現在PFで行っているテーマを次に掲げる。

 

T.L.B1undell Aspartic Protease fami1y(Human renin,Chymosi B,etc.)

 ロンドン大学教授、現在英国最大のグループを率いており非常に多くの解析を行っている。

G.G.Dodson   Rat CD4:FAB complex

 ヨーク大学教授、実力は高く評価されている、CD4は免疫細胞のリセプターで今盛んに行われているAIDSに関係の深い研究である。

W.G.J.Hol  Mol1uscan hemocyanines,Pyruvate dehydrogenase multienzyme complex,trypanozomal enzymes,engineered vaccines,quinoProteins

 ワシントン大学教授、特にヘモシアニンは鋼を持つ酸素運搬蛋白質で(人間のヘモグロビンに相当する)分子量が実に9百万以上もある巨大タンパク質である。解析出来れば極めて大きな成果である。

M.N.G.James  Hexosaminidase B,G1ycogen debranching enzyme,Desentery Toxin and RTEM−1/BLIP comp1ex.

 アルバータ大学教授、カナダ最大の実力者、本人が必ず実験に来てしかも率先してデータ収集をしている。レニンも世界で最初に解析した。

B.W,Matthews β-Galactosidase

 オレゴン大学教授、この酵素はβ一Ga1actoside(糖)を加水分解する酵素であり多方面で使用される重要な酵素である。又分子量が極めて大きく単量体当たり1023個のアミノ酸残基を持つ、昨年3月、PFでデーター収集を行い、既に構造を解析した。その速さには全く敬服している。

D.I.Stuart Rat CD2,HIV RT and AHSV VP7

 オックスフォード大学(lecturer)、極めて優秀な人材、必ず本人も実験に来る、AIDSや癌に関係の深い研究をしている。

A.E.Yonath  Ribosomes

 ワイズマン研究所及びマックスプランク研究所教授、リボゾオームは沢山の酵素が集まって出来た粒子であり、能率良く蛋白質を合成する蛋白合成工場である。今までの解析が各々の蛋白分子を扱って来たのはいわば工場内の機械を研究していたような物 それに対しリボゾームの解析はそれらの機械がどの様に配置され能率良く生産が行われているかを知る上で極めて重要なテーマである。それだけに極めて難しいテーマである。 

 このほか未だ重要なテーマは沢山あるが切りがないのでこれだけに止める。ここに揚げた方々はPFで思う存分データー収集の機会が与えられれば、それだけで満足し論文にTARAプロジェイクトの名を掲げると思う、即ちこれらの人達は実力があり各自集金能力を持っているのでTARAプロジェクトから研究費を支払う必要は無いと思う。可能なら学振或いはフロンテイアサイエンス等からデーター収集の際の渡航費の援助が出来れば喜ぶであろう。但しポスドクを招聘する場合はそれなりの事をする必要がある。

 

2)蛋白の構造を必要としている企業

 一言で言えば全ての医薬品関連会社及び化学薬品会社の可成りの企業が蛋白質の構造を必要としている。しかしこれはあくまでもカッコ付きであり、自分の処で構造解析を行う「気」或いは「実力」のあるところは残念ながら多くはない。多くの企業が例えばデーターバンクに登録されている座標など既知の構造を利用したり、それらの集約として得られた、構造予測プログラムを基に構造予測をしている。これは当たる当たらないは別にして、費用も掛からず簡単に予想構造が得られるため、各社熱心である。もっと熱心なのは、勘を頼りに手当たり次第次々と薬を合成しスクリーニングを繰り返すことである。これには各社莫大な経費を掛けているとのことである。

 私自身も正直なところ企業としては「蛋白の構造を解いてからドラッグデザインを行った方が良いのか、或いは上記の方が利益があるのか」分からない。ただはっきり言えることは「企業利益があるような蛋白の座標はデーターバンクに殆ど登録されなくなって来ており、企業としてはどうしても必要な場合は何らかの方法で企業白身が入手せざるを得なくなった」と言う事である。誠に残念な事であるが、数年前まで或いは現在でも、日本の企業からのみでなく日本の生化学者からも「日本の蛋白質結晶学は世界的に後進だ」と思われて居た。この考え方はある程度否定できないところもある。日本の大学に解析を依頼すると何時出来るか分からない、と言うことで多くの貴重な結晶が外国の研究者に資金付きで流れ、日本の大学では結晶学者の多くが慣れない手つきで試料の抽出から行って居た。そして極めて馬鹿馬鹿しい事であるが、自分たちで結晶が作れることを誇りにしていた。

 私が強調したいのは共同研究が下手なため解析以前の処で労力を費やし「後進」のラベルを張られてしまったと言う事である。幸い天然物の抽出と結晶化から研究の入門をした私及び生化学者として研究をスタートした私の妻貴和子は共に生化学者との共同研究の大切さを初めから認識して居たので、試料は常に提供して頂いた(この場合はじっと待つと言う辛抱や相手を十分立てる等が新たな要因として加わる)。要するに諸外国は連携プレーが巧い、恐らく狩猟民族は連携を重んじないと獲物が逃げちゃう、我々農耕民族はこつこつ一人で耕して居ても植物は逃げない、つまり民族性の違いによる物かも知れないが、とにかく日本の蛋白質結晶学者は共同研究が下手でした。今は少しずつですが良くなり、解析速度も高まり、後進のラベルも薄くなって来て居ると思う。

 話を本論に戻します。私は学術振興会第145委員会のD分科会(生体高分子結晶)の幹事を仰せつかっている。この分科会は一蛋白質の結晶化のみならず構造解析など広く話し合う分科会である。この会に参加している企業名及び委員名を以下に掲げる。

 

長嶋 伸也

河原田 肇

飯島  洋

田中  実

天知 輝夫

中沢  宏

久保田倫夫

釘宮  渉

片山 忠二

熊本 和夫

味の素(M中央研究所分析研究所主任研究員

鐘淵化学工業(株)生物化学研究所長

キリンビール(株)基盤技術研究所主任研究員

三共(株)分析代謝研究所長

サントリー(株)基礎研究所長 

住友化学工業(株)宝塚総合研究所生命工学研究所

(株)林原生物化学研究所天瀬研究所

不二製油(株)つくば研究開発センター中央研究所第1研究室

(株)マック・サイエンス取締役技術開発本部長

三菱化成(株)総合研究所分析物性研究所長

高沖 宗夫

東  常行

三菱重工業(株)神戸造船所宇宙プロジェクド部主務

理学電機(株)X線研究所第1研究部

 

次にPFでデーター収集を行い、自分で解析を行っている企業名を下記する。

 

宮野 雅司(他4名)

松崎たか雄(他2名)

畠   忠(他1名)

前田雄一郎(他1名)

加藤 洋一(他2名)

日本たばこ産業鮒生命科学研究所

三菱化成(株)総合研究所

三共(株)分析代謝研究所

松下電器(株) 

キリンビール

 

このほか解析可能な人材を持っているか或いは近く持ちそうな企業は

杉尾 成俊

釘宮渉不二製油(株)

(株)ミドリ十字中央研究所

つくば研究開発センター中央研究所第1研究室