構造生物 Vol.1 No2
1995年12月発行

『構造生物学センター』について…創薬の立場から


秋元利夫

中外製薬(株)

On The Structural Biology Center-----From the standpomt of Drug Drscovery

Toshio Akimoto Chugai Pharmeceutical Co., LTD

Abstract
Every Company has its own machines, such as X-ray and NMR apparatus. They are very expensive even if the results are moderately good. By the cooperations of industrial companies and national societies, we can prepare the very advanced and world top-level hardwares and softwares in The Structural Biological Center. We hope to get the best results using those. As every company and university has limitations in the financial problems, we need cooperations. The Center should not be only a educational system for companies.

1. はじめに

産官学の共同研究は日本国内で急速に広がっている。産業界は日本だけでなく、海外 にも目を向けて共同研究の種を探している。それでないと遅れを取ってしまう。時代は せわしなくなり、情報化の波の中で、いかに先端的で将来人類に実利をもたらすような研究を行なうか競っている。それも出来るだけ早期に、且つ、具体的に。

技術断面で計画された『構造生物学センター』があって、それを企業の一従業員でも あまり金銭的な心配もせず、企業機密も守られて自由に使えたら、こんなに楽しい事は ない。また、必要に応じて研究指導も受けられたら…。単に企業研究者に対する教育 機関に終わらない事を希望する。
この文章を書くにあたって、私は会社組織を離れて一自由人として、書かせて戴く。

2. 私たちの欲するセンターおよび装置

創薬のためのターゲット分子がはっきりしていて結晶化を試みられるほど多量に取れ ている場合にはX線構造解析を行なうSBDDを試みる事が出来る。しかしながら、坂部 先生も述べておられるように、NMRを測定したい場合がどうしても生じる。またX線構 造解析では出来ない場合も生じる。各社各々これに対応する装置を持っているが、私の 期待するのはそれ以上の装置である。優れた工作や装置は格段に優れた成果を私たち研 究者に与えてくれる。私たちの望んでいる道具は各会社が持てないような優れた、高価 なものではないだろうか?私たちはシンクロトロン光に対応する非常に優れた装置をご のセンターに望んでいる。この希望はNMR装置だけでなく、すべての構造生物研究関 連装置、およびソフトウェアについていえることである。

研究は分子レベルに急速に進んでいるが、まだまだ現象だけでしか捉らえられていな い疾病が沢山ある。例えばアルツハイマー、筋無力症、膠原病とか、重要な研究課題がある。また、病気ではなくとも、何故生物は生まれた後大きくなって、年をとって老衰 して死んで行くのかとか、分子レベルで解明されたら生物の一生を変えかねない沢山の 問題があると思っている。

そこまで分子レベルからのマクロな現象の理解とは行かなくても、小角散乱や高倍率 の透過型電子顕微鏡(および回折像)は蛋白質などの分子、そのいろいろなレベルでの 他の分子も含めた集合体の構造およびその構造変化を与えてくれると思われる。もし、 ある物質が、ある分子やその集合体が水溶液中でに何か構造変化を起こしたり、構造変 化を小さなものにしてしまったりする現象が見つかったら、新たなアッセイ系にもなり えるかもしれない。それをきっかけに新薬が作れるかもしれない。各種レセプターの agonist、antagonistはこのような構造変化の違いを与えるものと期待される。

生物をもっと科学的に理解をする基礎科学を軽視したら、後で大きな損失をする。構 造生物学も先端的な基礎的役割も果たさねばならないと考える。

30年前、Tomato bushy stunt virus(TBsv)は小角散乱の材料に過ぎなかった。ほぼ 20年前それは蛋白質とほぼ同じ手段で解析された。このように手段は着実に発展して、 ますます原子レベルでの解析の方向に進んでいる。TBSVの場合、小角散乱から結晶構 造解析への発展は、振動カメラと全反射ミラーと回転対陰極のX線発生装置の登場によっ て可能となった(ソフトではmolecular replacement methodの発展がある)。現在考える と非常に小さな改良である。小角散乱より単結晶の方が得られる情報は圧倒的に多い。 その意味でマイクロビームが生体内の微結晶を原子レベルでの研究におおいに役立つ可 能性がある。

これからは、生物のいろいろな機能の単位(超分子も含む複雑な複数分子からなる) が原子レベルで構造研究が試みられ、生物の諸現象の理解がもっとはっきりするであろ う。そのために、X線構造解析以外にどのような技術手段を使うかを見通す力は小生に はない。それは、静的なものばかりでなく、マクロな動的な側面の科学も重要であろう。構造生物学は将来、何か良い技術手段を持たねばならない。ソフトも含めた世界最先端 のセンターでもあって欲しい。

以上、実験科学の面から私なりに書いてみた。

10〜20年後には蛋白質の構造はおおよそ、膨大になったX線構造解析結果に基づ く経験的理論科学によって、現在の状況よりずっと整理さ札て来るであろう。計算機科 学がその中で重要な役割を演じるであろう。現在はX線実験結果の後説明にすぎない様 に見えるが、この頃には構造解析なくして蛋白質の3次元構造の多くが語れるようになっ ているかもしれない。現在、蛋白質(但し基質や阻害薬が結合しても動かない、多くの 場合酵素)の薬剤設計のソフトウェアが出始め使われる様になって来た。まだまだ、限 界のある、初歩的ソフトである。しかし、10年〜20年後の製薬企業について考えて みると、その有り様は大きく変わっているかもしれない。現在の半導体企業のように、 理論および実験構造科学が薬の探索研究に大きな役割を果たしているかもしれない。こ の分野の研究も目を離せない重要性を秘めていると思われる。この頃には計算機もソフ トウェアも大きく発展しているであろうから。


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