構造生物 Vol.1 No2
1995年12月発行

第2回構造生物学フォーラム:「蛋白質と核酸の相互作用」報告
-DNA修復/組換え/複製/ATPase-


有吉眞理子

蛋白工学研究所

 DNAは、遺伝情報の担い手であり、生命体の要であることは、現在では周知の 事実である。生物学の教科書を読めば、このDNAを取りまく生命現象である修復、 組換え、複製に関する基本的な事項を知ることができる。しかし、これらの現象に 携わる種々の蛋白質がいかにして正確にDNA分子の特定の部位や高次構造を認識 するのか、また、どのような制御機構で、生物は一連の蛋白質-核酸相互作用、及 び、酵素反応を確実に適切な時期に遂行しているのか、これらの疑問に対する解答 には完全には行きづいていない。こういった観点から、今回のフォーラムはこれか らの構造生物学のあるひとつの方向の手がかりとなるような最近の研究状況を伺い 知ることができた。フォーラムのプログラムは、主として、DNA修復と組換えに 関与する蛋白質の核酸との相互作用、及び、構造機能相関について、分子遺伝学と 立体構造の両側面から、討論できるような構成であった。今回の各講演の内容は最 近、論文発表もしくは発表予定で、他の学会等でも既に講演されたことのあるもの なので、ここで特に詳細な報告をすることは避けたい。(演題と演者を本稿の最後 に紹介する。)そこでこのフォーラムの主旨を二つのキーワードで表すとすると、 それは、分子認識とDNA機能の相互作用であろう。

 4番目の演題は、最近解析されたT4ファージのDNA除去修復酵素丁4エンドヌ クレアーゼVとピリミジンダイマーを含むDNA二重鎖との酵素-基質複合体の結晶 構造に関するものであるが、この結果はDNA損傷認識の機構としてはかなり一般 的なものだと考えてよいだろう。まず、酵素は損傷部位の微細な構造変化を巧妙に 認識する。いったん、蛋白質核酸の相互作用がおこると、核酸にダイナミックな構 造変化、いわゆる、DNA bending,unwinding,塩基のflip out、が誘導され、安定な複 合体を作り、酵素反応が進行する。この際、蛋白質の方にはほとんど構造変化は見 られない。蛋白質は我々の想像以上に、綴密な分子認識を行っていることが実感で きる。

 3番目の花岡氏、6番目の岩崎氏の講演は、分子遺伝学もしくは細胞生物学的手 法に基づいた蛋白質の機能解析に関するものだが、今回のフォーラムで最も興味深 いものであった。前者はヒトのDNA除去修復、後者は大腸菌の組換えがテーマで ある。しかし、両者の間のコンセンサスは、DNA機能の相互作用、即ち、DNAト ランスアクションである。講演で報告されたそれぞれの結果は、修復-転写、組換え -複製が共役して起こるということを示唆している。つまり、転写、複製、組換え、 修復の機能の間には、蛋白質-蛋白質相互作用によるinterfaceが存在するというこ とである。花岡氏のグループも含めて、国内外の最近の研究結果から、真核細胞の 転写、DNA修復では巨大な蛋白質複合体が機能しており、しかも共通のコンポー ネントが転写と修復の両方に使われているという事実が明らかになった。この結果、 生物は巨大なゲノム中で転写される重要な部分の損傷を効率よく修復する事ができ るのである。複製-修復、複製-組換えなどでもこのようなDNA機能の相互作用に ついて、現在、活発に研究が行われている。今後、構造生物学的立場から、巨大な 蛋白質複合体における蛋白質一蛋白質相互作用、及び、複合体としての機能発現の 機構について、果敢に取り組んでいくべきだと考える。X線結晶構造学の立場から、 感想を付け加えると、1つの蛋白質の立体構造だけでは何もDNA機能を語れない ということである。蛋白質の立体構造が分子生物学に浸透するには、不安定な蛋白 質複合体の全容を明らかにするような試みが必須であろう。

プログラム

  1. 「DNAに働きかける蛋白質」関口睦夫(九大・生体防御医学研究所)、
  2. 「DNA損傷修復蛋白質Adaの構造と機能スイッチ機構」大久保忠恭(北陸先 端大)
  3. 「ヌクレオチド除去修復の分子機構」花岡文夫(阪大.細胞工学センター)
  4. 「立体構造からみDNA損傷認識機構」森川耿右(蛋工所)
  5. 「DNA修復酵素3-メチルアデニンDNAグリコジラーゼの3次元構造と機能」 山縣ゆり子(阪大・薬学)
  6. 「遺伝的相同組換えの分子機構」岩崎博史(阪大・微研)
  7. 「Holliday分岐解消酵素の立体構造と機能」有吉眞理子(蛋工所)
  8. 「好熱菌F1-ATPaseのX線結晶構造解析」白木原康夫(国立遺伝研)

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