構造生物 Vol.2 No1
1996年4月発行

PFと実験室系のIPの相違


野中孝昌

長岡技術科学大学

パネルディスカッションで申し上げましたことに基づいて、下に列挙しました6 つの蛋白質について、PFと実験室系とを比較しつつ、私どもの経験を述べることに いたします。表題はIPの相違ですが、IPに関してはPFと実験室糸とで異なるのは大 きさや読み取り方式等でしかないので、今回のパネルディスカッションのテーマで ある“PFで良いデータを取るためには"IPの相違は本質的ではありません。もちろ ん波長を選択して回折強度データを収集したい場合、小さな結晶しか得られない場 合、あるいはS/N比の良いデータを欲しい場合などは実験室系で良いデータを集め ることは望めませんが、そういった場合でもPFで良いデータを取るためにすべきこ とは普段実験室系でやっていることと全く同じと言っていいでしよう。 PFに限らず良いデータを取るためには良い結晶を作製するのが、最も早道です。 良い結晶とは良い重原子誘導体結晶までをも意味します。したがって、良い結晶さ えできてしまえば実験室系であろうとPFあろうと、少なくとも、異常分散法等を除 けば、構造を解くということに関しては、大きな違いはありません。結局PFで良い データを取るためには良い結晶を作ることにつきるわけですが、すんなり行くこと はそう多くはありません。このようなことを踏まえて、私どもが良くない結晶のと きどうしたか、たまたま良い結晶に巡り会ったときどうしたかなどをできるだけ具 体的に述べます。

シンポジウムにおいては、下記“4.リボヌクレアーゼA"について少しだけ申 し上げましたが、対称性が高いという点については“1.ウシガエル卵由来レクチ ン"と同じですので、紙数の都合上、省略します。対称性が低い場合の例として、 単斜晶系の“5.リボヌクレアーゼS”を挙げましたが、その後、更に対称性の低 い三斜晶系の結晶からの回折データを集めましたので、本稿ではそちらについて述 べます。また、結晶学的パラメータが不明な微少結晶の例としては、“6.SAM- P20/SSI複合体"の代わりにヒスチジノールデヒドロゲナーゼについて述べます。

  1. ウシガエル卵由来レクチン(P3221, a=b=42.24Å, c=119.4Å) ・高分解能のデータ収集・軸立て・多波長
  2. 7α一ヒドロキシステロイド脱水素酵素(P41212, a=b=81.59Å, c=214.6Å) ・長い格子
  3. リボヌクレアーゼMs(P212121, a=46.52Å, b=60.57Å, c=134.95Å) ・モザイシティー
  4. リボヌクレアーゼA(P3221, a=b=64.52Å, c=64.90Å) ・高対称性
  5. リボヌクレアーゼS(C2, a=101.6Å, b=32.10Å, c=69.53Å, β=90.42°) ・低対称性
  6. SAM-P20/SSI複合体 ・結晶学的パラメータが不明・微小結晶

1. ウシガエル卵由来レクチン

1.1 高分解能のデータ収集

この結晶は図1に示しましたような六角板状晶で空間群はP3221、格子定数は a=b=42.24Å, c=l19.4Åです。結晶の大きさは最大1.0×1.0x0.5o1にも達し、高 分解能のX線回折を与える非常に良質な結晶です。理学電機の回転対陰極型X線発 生装置RU-200、回折装置R-AXISIIcおよびSupperの ダブルミラーを使い、C*軸を回転軸に一致させて測定 を行った場合、1.62A分解能までのデータを集めるこ とができました(表1、図2)。私どもの実験室系で は1.6A分解能以上のデータを集めることは極めて困難 ですので、PFで400×800mm2の大型IPを使って、ワ イセンベルグ法でデータを集めました。[1101方向を 回転軸と一致させ、合計15枚のIPを使って測定を行っ たところ1.1Å分解能近くまでの回折強度アークを得る由来レクチンの結晶 ことができました(表1、図2)。

1.2 軸立て

PFおいてポラロイド写真を撮って軸を立ててからワイセンベルグ法で測定するこ とは、(1)後から行う指数付けが簡単にできる、(2)1枚のIP上に多くのバイ フット対を撮影することができる、(3)事前におおよそのコンフリートネスの予 測がつく、(4)本測定の測定条件の見積ができる、(5)再現性の良い測定がで きるなどの点でメリットがあります。ただし、余計な露光を行わなければならない ので、X線による損傷を考えた場合、デメリットにもなります。そこで、できるだ け効率の良い軸立てが要求されるわけです。図3はウシガエル卵由来レクチンの結 晶の軸を立てる際に撮影した2枚のポラロイド写真です。露光時問は合計で8秒、 軸立てに要した時間は数分に過ぎません。

1.3 多波長異常分散

ウシガエル卵由来レクチンは最終的には分子置換法で構造を解くことが出来まし たが、当初、重原子として白金しか入らず、多波長異常分散法による構造解析を試 みようとしました。結局、BL18Bにおける蛍光測定にとどまりましたが、ご参考に なることもあろうかと思いまして、図4にチャートを示しました。

2. 7α一ヒドロキシステロイド脱水素酵素

本酵素の結晶の空間群は、P41212で、格子定数はa=b=81.59Å,c=214.6Å です。C軸が長いので実験室系での測定では、図5の様に回折斑点が非常に接近 します。これ以上格子が長くなると、最早実験室系での測定は不可能になりま す。図6は実験室系とPFでのコンフリートネスの比較です。多くの方が経験さ れているように、PFの方が高い分解能のデータが得られます。

3. リボヌクレアーゼMs

本酵素結晶ハモザイシテーの高い(図7)場合が多いので苦労しました。シンポジウムにおいては、ソフト的にどう解決するかに議論が集中しましたが、私の場合、多くの結晶を作製して、その中からモザイシティーのたまたま低いものを見つけるという、最も原始的な方法を取りました。もし、リコンビナントであれば、結晶が出るまで様々なミュー タントをつくるというやり方もいいかもしれません。

5.キチナーゼA1

冒頭で述べましたように“4.リボヌクレアーゼA"は省略し、対称 性の低い場合の例として、空間群P1のキチナーゼA1について述べま a=48.7Å, b=54.7Å, c=44.1Å, α=95.0°、β=115.8°,γ=109.0°で、実験室系の 場合、回折データの収集に1週間を要します。PFにおいて、286.5o のカセットを使ってワイセンベルグ法でデータを集めたときは、 △φ=12°, △Z=5mm, over1ap=1°, rotaion speed=2°/sec、振動の繰り返し5回の 条件で360°分を測定するのに2時間足らずでした。

6.ヒスチジノールデヒドロゲナーゼ

本酵素の結晶は微少であるため、実験室系においてはほとん ど回折斑点を与えることはありませんでした。PFにおいては、図8の ような回折像を得ることが出来、格子定数がa=169Å, b=360Å, c=103Å、 空間群はおそらくP212121であろう ということが分かりました。


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