構造生物 Vol.2 No1
1996年4月発行

パネルディスカッションを企画して


行事委員会


 初心者がPFで回折データを収集する際に、どの点に気を付けたらよいか、また、失敗を少なくするにはどうすればよいか、このような点に関して話題提供者ばかりではなく、参加者全員の知恵を探れば、標準的なデータの取り方が見出せるだろうと考え、このようなパネルディスカッションを企画した。不慣れな司会のため、必ずしも満足のいくディスカッションができたわけではありませんが、参加者にそれなりのデータの取り方がイメージされたものと自己満足しております。ここでは当日参加できなかった方に少しでも参考になればと当日議論された事を思いつくままに簡単に述べます。

良いデータを取る最大の秘訣

 PFとRAXISなどの実験室系の大きな違いの一つはX線強度である。PFではX線強度が強 いため、露光時間に比べてIPの読み取り時間が長い。そのため、IPを一枚一枚取り外し、オフラインで読み取りを行なっている。このため、IPを露光する人と、IPの読み取りをする人の最低二人が必要である。3人いればかなり楽だが、それでもビームタイムをできるだけ有効に使おうとすれば、食事の時間がとれない程働きずめになる。それ故、当日の体力を養うため、前日たっぷり睡眠を取る事が一番重要である。また、IPを取り外してしまうのでIPがずれてしまう。このずれを出来るだけ少なくさせるのも大事で、もしずれが大きいと一枚一枚手動で原点あわせをしなければならなくなる。

必ず良いデータが取れる魔法の方法

 この魔法の方法を求めて、このパネルディスカッションを企画したわけだが、そんなものはないことがわかった。例えば、精度の良いデータを取る場合とか、X線による結晶のダメージが速い場合とかで、それぞれの最適条件は異なる。即ち、ルーチン的にデータを取るのではなく、データを取る目的に応じて、木目細かく測定条件を変えなければならない。更にあたりまえの事であるが、実験室で予備実験をしておき、ある程度その結晶の素性(結晶の外形と格子軸の関係、格子定数、重原子が入っているか等)を知っておくことも重要である。

露光時間

 露光時間は結晶によって異なるので、試し焼きを行い、飽和度をチェックして、決めるのが良い。BAS2000を用いた場合のダイナミックレンジは4桁である。このため、低分解能の反射は飽和しがちなので、高分解能のデータをとるには、長時間露光するので、どうしても低角の反射は犠牲にならざるを得ない。通常は短時間と長時間露光のデータを取り、精密化には長時間のデータのみを使用し、構造を解くには反射のコンプリートネスを良くするため、マージしたデータを用いるのが良い。

TARAのビームライン(BL6B)の大型IPならば、ダイナミックレンジは5桁なので、飽和 の問題はあまり気にしなくても良いかも知れない。

ワイセンベルグ写真か?振動写真か?(軸立ては必要か?)

ワイセンベルグ写真は1枚のIPあたり広い振動範囲のデータが取れ、処理するフレーム数も少なく、全体の露光時間も短い。更に、部分反射の割合も少なく、高精度のデータが得られる。しかし、より広範囲のデータをとるには結晶の格子軸とゴニオの結晶回転軸を一致させる必要があり、この作業は慣れないと結構手間がかかる。慣れると、結晶の外形と格子軸の関係がはっきりしていたり、回折像のシミュレーションパターンが得られていたりすれば、露光時間10秒程度の2枚のポラロイド写真で行なえる。欠点は、IP1枚あたりの露光時間が長くなるぶんバックグランドは大きく、データの質は若干劣ることになる。また、回転軸周りの反射は原理的に測定出来す、反射のコンフリートネスも悪くなる。

TARAのビームライン(BL6B)のカメラ長は従来の280mmや430mmより長く、573mmに固定されているので、ピークの重なりは少ない。したがって、軸を立てず、振動カメラとして使用することも可能であろう。軸立ての労力はいらないし、反射のコンフリートネスも良くなる。しかし、この場合は処理するフレーム数が多くなることを覚悟しなければならない。

反射のコンフリートネス

通常使用するIPは長方形(20x40cmまたは40x80cm)なので、分解能の縦方向と 横方向の異方性が問題になる。また、回転軸周りのデータも欠損しているので、可能であるならば回転軸の異なる最低2つのデータセットの測定が望ましい。コンフリートネスが悪いと、構造が解けない時が多々ある。

結晶の大きさ

005mmの大きさでも成功した例が示されたが、これは結晶性の良い場合で、すべての結晶がこれ位でよいと言うわけではない。

Denzoによる処理

Denzoの特長は収束半径が大きく、処理速度も速く、モザイシティーの見積りが出来る事である。このモザイシティーは結晶の質を見ているので、データの質の判断に利用できる。モザイシティーが一定なものはRmergeが小さいが、モザイシティーが急激に大きくなるものは、やはりRmergeも悪くなる。

AutoIndexingが成功しないときは次ぎのことをおこなう。

  1. 使用する反射の数を増やす。振動奪真では少なくて良いが、振動名5度のワイセンベルグ写真では1000個位が良い。
  2. スポットのマスクの大きさを2倍ぐらいにする。
  3. 低角側の反射を除く。通常は1OO〜3オングストロームだが、5〜3オングストロームにすると、成功する時がある。
  4. 振動範囲の異なるIPでやってみる。結晶格子の一軸がX線方向に近いと、Auto Indexingには成功するが、次ぎの精密化の段階で発散する場合が多い。

以下に、使用する際の注意点を列挙する。

  1. 精密化できるパラメータが多いので、実際に精密化するパラメータの種類、順序、回数に注意する。それらによって収束の速度が異なる。ダイレクトビームの位置合せは特に重要で、最初に精密化するパラメータである。結晶格子が大きいと、逆格子は小さいので、原点からひとつずれた逆格子点にあわせてしまう場合がある。このときは低角ではスポットのプレディクションはうまくいくが、高角ではあわない。また、原点とひとつ隣の逆格子点の丁度中間の位置をあわせてしまうと、奇数の反射だけになってしまう。
  2. 部分反射を使用する時は、それらを足しあわせるので、長めの露光が良い。
  3. 振動名7度、カップリング定数1.5deg/mmのワイセンベルグ写真でもAuto Indexingは出来る。しかし、ワイセンベルグ写真は収束が遅いので、並進量は少ない方がよい。念のため振動写真は撮っておいた方がよい。
  4. メジャーメントボックスの大きさは大事で、17x17を11x11に、モザイシティーをO.4からO.3に変えたら、データが良くなった事があった。
  5. スケールパックは2回行なう。1回目では棄却する反射を除く。
  6. film rotation、y scaleの値によっては、同じIP写真でも左手系になり、左巻きらせんになってしまう。formatがfuji nlの時、film rotationは90度、y scaleは正の値、カップリング定数はマイナスの値である。もちろんIPを読ませる時、180度回転させてしまうと、この値は異なる。また、formatによっても異なるから、注意が必要である。

ローカルスケーリング

 必ずうまくいくとは限らないが、ローカルスケーリングで構造が解ける事が多い。当日、3種の方法が紹介された。

  1. 軸が立っていると、1枚のIPにバイブットペアのプラスとマイナスの反射が写る。各層線毎にプラス側とマイナス側の反射強度の総和を計算し、これらの総和が同じになるように、マイナス側の反射のスケール因子を各層線毎に決める。
  2. 逆空間を適当な領域に分けてデリバティブのスケール因子をネイティブに対して求める。この方法は1に比べて,弱い反射の寄与が大きくなるという特長がある.
  3. ある反射の周りのいくつかの反射が、それぞれの等価な反射の平均値になるようスケール因子を求める。これを全ての反射について行なうので、求めるスケール因子の数は反射の数と同じになる。この方法だとRmergeはかなりの値まで下がる。

結晶性はどこまで悪くて良いか

 結晶が悪ければ、基本的には良いものを捜すべきだが、中程度に悪い結晶しか得られない時、それをソフトウェアーで救えないかという質問がでた。結論を先に言えば、三次元プロファイルフィテインクなら可能だろうが、現在そのソフトは出来ていない。

また、そのような結晶で無理(?)してデータを集めても、構造が解けるか疑問であると言う意見もあった。

白色X線写真

白色X線写真では極めて短時間でデータセットの収集ができるが、ワイセンベルグ写真に比べて、データの精度やコンプリートネスが悪い。また、ワイセンベルグ写真でもそんなに時間がかからないので、時分割のデータが必要な時以外は、あまり勧められないと言う意見があった。一方、複合体等沢山データを取る時は、時間を節約する方法として考慮する価値があろうと言う指摘もあった。

最後に、講師はもとより、遠い所に足を運んで下さった皆様に感謝いたします。講師の一人である北大の中川さんからいただいたメール(抜粋)を紹介してこの稿を終わります。このメールはTARA坂部プロジェクトのひとつの方向性を示していると思います。これをもとにして、皆様の活発な討論が起こることを期待しています。

ところで,昨日の会に出席して思いついたのですが(ほんの思いつきです(^_^;;)あの会をもう少し広げた形に(余り広げすぎると身動きが取れなくなりますが)できないでしょうか。つまり,タンパク結晶学のあるテーマについての最新の情報を含めた勉強会/アイデアの交換会のようなものを考えています。新しい方法論の紹介や成功/失敗例,あるいは具体的なテストスタディなどをネタにして,ディスカッションを進めていくものです。

 形だけになってしまうと,単なるセミナーになってしまうし,まじめにやると結構大変な作業量になるかもしれませんが,CCP4 Study Weekendの様に,きちんとしたテキストになるようなprotedingsができるようになると良いのではないかと思います。

 構造解析の経験が少ない(かもしれない)企業の人だけでなく,大学関係も含めた(こちらも少ない人もいるかも知れない(^_^;;)全体のレベルアップのためにこのような会が開かれる事は,情報交換の機会の少ない日本の現状を考えるとぜひとも必要なのではないかと思います。

 ということで,そのためのまとめにTARAが利用できないでしょうか?一度検討していただけませ んか?
(文責 畠)


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sasaki@tara.met.nagoya-u.ac.jp