構造生物 Vol.2 No1
1996年4月発行

創薬における構造生物学


川上善之

エ一サイ株式会社筑波探索研究所

去る1996年3月1日、米国で一つの新薬が承認された。申請してから僅か72日と いっスピード記録を打ち立てたその薬は、アボット社から出された抗AIDS薬でその創 薬研究にはSBDD(Stmcture-Based Drug Design)が駆使された。同日に同じく承認され たメルク社の抗AIDS薬もSBDDにより創薬されたものである。

SBDDというラショナルな薬物設計は以下のステップからなるCADD(Compmputer Aided Drug Design)手法である。

  1. 受容体の立体構造が既知の場合、その三次元構造のみに基づいて構造自動構築法によ り de novo 薬物分子設計を行う。その際には乱数と力場を用いてエネルギー的に安定 な薬物分子構造を多数コンピュータに提示させる。
  2. 三次元データベースを利用して既存化合物から新しい活性を見いだすコンビュータスクリーニングを行う。入手可能な化合物のデータベースを対象にすれば合成しないで 活性を評価でき、はじめから合成する場合に比べて労力と時間の節約ができる。
  3. ドッキングスタディにより受容体と薬物分子間の最安定な複合体構造を推定し、生体 内反応機構の説明と考察により、既存の薬物分子の構造の改良や新規薬物分子の設計 を行う。
  4. 薬物のサイズ・形・物理的化学的性質を示す三次元モデルを分子重ね合わせなどによ り構築し、三次元構造活性相関により薬物分子の構造の改良や新規薬物分子の設計を 行う。

その際、得られた活性物質は受容体との共結晶X線結晶解析により結合を計算予測と比較 して計算精度の向上をはかり、さらに薬物設計を進める。

ところで、構造生物学がSBDDの基礎にあるということを疑う人はいないであろう。 またかつては低分子リガンドをターゲットとしてきた医薬品研究もいまや、受容体や高分 子リガンドをターゲットにする時代となった。つまり、構造生物学による高分子ターゲッ トの構造と機能・反応性解析をぬきに探索研究は成り立たないのである。

エーザイでは筑波、ボストン、ロンドンと世界三極に探索研究所を配備しており、社内 でのグローバルな研究競争が始まっている。我々はTARAという社外研究資源を最大限 活用してSBDDを武器に世界企業とも伍して戦いたいと願っている。


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