構造生物 Vol.2 No1
1996年4月発行

創薬と構造生物学


西村暹

萬有製薬株式会社づくば研究所長

X線やNMRによるタンパク質、核酸の構造解析が新薬開発のために重要なことは 論ずるまでもないことである。私の所属している萬有製薬の親会社であるメルク社 でもX線結晶構造解析には力をそそいでおり、例えばメルク社は年報のカバーにア ンギオテンシンII受容体とエナラフリル(萬有商品名はレニベース、血圧降下薬)と の複合体の3次構造のコンピュータグラフィクスを飾っている。メルク社の年間売 上高は約1兆7,000億円、そのうち1,400億円を研究開発費に投じており、その規模は 萬有製薬の10倍以上である。研究者の総数も我々の1O倍以上である。それ故劇薬に 関わる地道な研究に大規模に取り込むことができ、それが画期的新薬の開発につな がり、また基礎研究としても成果を上げていることになる。構造解析のみならず Combinatoria1 ChemistryやHigh-Throughput Screeningなどの新しい技術を取り入れるこ とが新薬開発に必須となっている昨今、メルク社の1/1Oサイズの我々がどうやって この方面への研究投資をするかは切実な問題である。このような状況下でTARAの 坂部プロジェクトに萬有製薬つくば研究所が参加し、X線結晶構造解析を効率よく 行うことができる機会を与えられたことは大変有り難いことである。

X線結晶構造解析のスピードアップにはシンクトロンなど最新の機器の利用が欠か せないが、さらに重要なことは当然ながら実験をする研究者の素質である。X線結 晶構造解析の迅速化とともに、今やX線結晶構造解析は専門の研究者だけのもので はなく、生化学や分子生物学を専門とする研究者が、プロジェクトの発展と共に遺 伝子のクローニングからタンパク質の発現、精製、結晶化、構造解析に至るまで研 究を進めていくようになっている。これを可能にするには、優れたX線結晶構造解 析の専門家の指導とアドバイスが必須である。その意味からも坂部教授を始め、坂 部プロジェクトチームに負うところは大きい。TARAプロジェクトによって生まれた 新しい産学共同体制により、日本の劇薬研究が格段と進展することを希望してやま ない。


ご意見、ご要望などは下記のアドレスにメールを下さい。
sasaki@tara.met.nagoya-u.ac.jp