構造生物 Vol.2 No.2
¶1996年10月発行

大型IPを使ってBL6Bで収集したリゾチームデータ


佐々木教祐、坂部貴和子、王洲光、坂部知平

名大、国際科学財団、高エネ研(北京高能研)、筑波大

1.はじめに

 今年5月、TARAビームラインの実験ステーションBL6Bに新設計の巨大分子用ワイセンベルグカメラが設置された。カセットは1種類でカメラ半径575.7mm、大型IP(サイズ400×800mm)が2枚まで真空吸着可能である。この新しいカメラを使用して1個の卵白リゾチーム結晶(空間群P43212、a=b=79.6、c=38.2Å)から3種類のIPの置き方でデータを収集した。これらのデータ処理およびデータの質について報告する。

2.大型IPによるデータ測定

 このカメラでデータを収集するときのIPの置き方は次の3種類がある。
 a)大型IP1枚を中央に縦置きに使って測定(測定範囲:800×400mm)
 b)大型IP2枚を左右にセットして測定(測定範囲:800×800mm)
 c)大型IP2枚を上下にセットして測定(測定範囲:800×800mm)

 IPデータはDENZO及びSCALEPACKを使って処理した。3種類のデータ測定の前に、結晶方位の決定のための2枚のオシレーション写真(0°、45°)を撮った。またワイセンベルグ写真はつぎの条件で測定した。

          フレーム数:  5
       振動角/フレーム: 20°
   カップリングコンスタント:  4°/mm
           露出時間:200sec
             波長:  1.00Å
                コリメータ径:  0.2mm
                   IP reader: pfweis5、pfweis6 

 a)大型IP1枚を中央に縦置きに使って測定(測定範囲:800×400mm)  DENZOを使ってバッチ処理をするためには、IPに対するビーム位置の変化が少ないことが重要である。この場合のビーム位置は表1のaにリストされているが*印の2カ所の値が大きくずれている。これは読み取りに使ったIP readerが異なるためである。バッチで処理したいときは同じIP readerを使う方が分かりやすい。もしも2種類以上のIP readerを使うときは記録をしておき、DENZO処理のコマンドファイルの中に各IP readerによるビーム位置の値を指定する必要がある。

 b)大型IP2枚を左右にセットして測定(測定範囲:800×800mm)  このIPセットの方法ではビーム位置が左側のIPの端にくる。各IPに3点以上のFiducial pointsが入るように考え、マークの位置は、30,20,5,0,-5,-10,-15, 20mmの6点を入れた。左に置いた5枚のIPの読み取りはpfweis5を使い、右に置いた5枚のIPはpfweis6を使った。表1のbを見るとビーム位置がよく一致していることが分かる。この場合、左および右に置いたIPは、それぞれバッチ法でDENZOの処理ができた。

 c)大型IP2枚を上下にセットして測定(測定範囲:800×800mm)  このIPセットの方法ではビームの位置が2枚のIPのつなぎ目にくる。そこで2枚のIPにFiducial pointsの位置を入れるためにYを10mmと-10mmにして0,5,20, 30mmにマークを入れた。表1のcに上、下のIPのビーム位置がよく一致していることが分かる。

               表1.各IPにおけるビーム位置の変化(*印はIP Readerが異なる)
              (a,bはfilm rotation 180°, cはfilm rotation 90°とした)

          a            bの左側        bの右側        cの上側        cの下側
       x      y      x     y      x      y        x      y      x      y
 1. 201.872 396.881   2.321 396.931  401.174 392.750  397.927 401.846  -0.472 396.862
 2. 201.792 396.978   1.855 396.797  400.844 393.045  397.993 402.662  -0.268 396.964
 3. 202.287 393.337*  2.590 396.689  401.236 392.941  397.841 402.148  -0.208 397.013
 4. 201.933 397.158   2.200 396.889  400.782 392.569  397.635 402.777  -0.209 397.212
 5. 202.443 393.263*  2.044 396.944  401.077 392.029  397.738 403.228  -0.350 397.713

3.Denzoによる処理とCCP4システムへの移行

 DENZOを使ったIPの処理は、まずオシレーション写真を使って結晶方位の決定を行った。2枚のIPを使って測定した場合、例えば左右置きの場合、左のIPは pfweis5、右はpfweis6と常に同じ読み取り装置を使うとビーム位置がほとんど同じになり、左右のイメージファイルすべてをバッチで連続処理することができる。また異なるIP readerを使ったイメージファイルが混ざっているときは、個々にビーム位置を指定しておけば連続処理も可能である。DENZOの使い方についての注意点は富崎氏の書かれた詳細な説明が構造生物2巻1号にあるので参照してほしい。次の処理のためSCALEPACKで処理したデータをCCP4のmtzファイルに変換するコマンドファイルをここに載せておく。

#!/bin/sh 
#
rotaprep HKLIN /usr3/denzo/lys1/x1/ly1.sca	\
HKLOUT tmp.mtz << EOF_1
# Lysozyme 
TITLE Lysozyme 
INPUT SCALEPACK
SYMMETRY 96
BATCH 1
END
EOF_1
#
sortmtz HKLOUT tmp1.mtz << EOF_sort
# sort keys
H K L M/ISYM BATCH
# input files
tmp.mtz
EOF_sort
#
agrovata HKLIN tmp1.mtz \
HKLOUT merge.mtz \
ROGUES tmp.rog \
<< EOF_agro
intensities integrated
batches 1
inscale 1.0
intmp 0.0
anomalous all
TITLE ly1
EOF_agro
#
truncate HKLIN merge.mtz \
HKLOUT ly1.mtz \
<< EOF_trunc
TITLE LYSOZYME
labout f=LY1 sigf=SLY1 dano=DLY1 sigdano=SDLY1 
nresidues 129
EOF_trunc
#
rm tmp.mtz
rm tmp1.mtz
rm merge.mtz

4.データについて

 データは1枚置き、2枚置きの比較をする観点から1枚置きのデータが極端に欠けることのないようDENZO処理の分解能は1.6Åまでとしたが、表2から分かるように2枚置きの場合、1.6Å分解能付近のデータは90%が集まっており、3σ以上のデータも77%あることからさらに高分解能のデータを集めることができることが分かる。20〜1.6Å分解能でのa、b、cに対するそれぞれのRmergeの値はは4.3%、4.0%、4.5%であった。

表2.    20〜1.6Å分解能の各シェルでのcompleteness
          IP1枚(縦置)     IP2枚(左右       IP2枚(上下)
resol(Å)  N  %comp  %>3σ    N  %comp  %>3σ    N  %comp   %>3σ 
   7.02   147  59.6  98.6    133  54.8  98.5    155  62.1  100.0
   5.02   350  91.9 100.0    334  89.0 100.0    348  91.5  100.0
   4.11   433  92.6  99.1    414  89.4  99.5    427  90.9   99.8
   3.56   533  98.0  99.4    512  95.6  99.6    525  96.8   99.8
   3.19   602  98.5  99.7    587  97.4  99.7    601  98.9   99.2
   2.92   638  96.0  98.1    634  95.9  98.1    660  98.7   98.5
   2.70   662  93.2  98.0    678  95.4  98.4    690  96.7   97.8
   2.53   683  90.5  99.0    704  93.0  99.1    725  95.4   99.4
   2.38   707  88.3  98.2    770  95.6  98.7    782  96.7   98.0
   2.26   746  88.8  97.2    810  95.6  98.3    819  96.6   97.4
   2.16   783  89.1  96.4    835  94.5  96.6    853  96.0   96.1
   2.06   809  88.6  96.8    870  94.5  96.9    897  96.7   97.7
   1.98   823  86.7  94.9    893  93.5  96.1    922  95.8   94.9
   1.91   818  83.2  92.9    921  93.4  96.1    938  94.0   94.6
   1.85   836  81.9  92.2    950  93.1  93.7   1002  97.4   94.0
   1.79   828  78.9  90.0    996  94.5  93.0   1005  94.8   91.3
   1.74   837  77.1  85.2   1024  94.4  89.4   1013  92.8   87.6
   1.69   827  74.1  82.6   1055  94.5  86.4   1038  92.6   86.9
   1.64   800  70.0  80.6   1056  92.3  84.0   1036  90.2   81.0
   1.60   792  67.2  76.0   1072  91.2  78.0   1064  90.3   77.2
                                                                  
 Total  13654  83.4  92.7  15248  93.4  93.6  15500  94.3   93.1

BL6Bの巨大分子用のワイセンベルグカメラで収集した3種類のデータと生命工学工業技術研究所の原田一明氏がNONIUS社のFASTで測定したデータ及びIPデータ間の一致度を見たものが表3に示してある。1σ以上のデータ間で各シェルでのR値を比較するとFASTとのデータの合いは6〜7%であり、IPデータ間の処理による誤差は1%位であることが分かる。

表3.FASTおよび3種類のIPの置き方で測定したデータセットのリゾチームの比較
   20〜1.6Å分解能の各シェルでのデータ数(N)とR−factor( R=Σ|Fo1-Fo2|/ΣFo1)
            FAST-a     FAST-b     FAST-c     a−b      a−c      b−c
 resol(Å)  N    R      N    R      N    R      N    R      N    R      N    R  
    7.07    30 0.046    30 0.046    33 0.040    29 0.021    32 0.027    32 0.022
    5.00   258 0.036   239 0.041   258 0.040   243 0.020   261 0.025   242 0.017
    4.08   389 0.038   379 0.042   386 0.043   392 0.017   401 0.022   392 0.012
    3.54   483 0.043   455 0.041   472 0.044   456 0.014   475 0.019   451 0.010
    3.16   592 0.044   580 0.043   590 0.043   583 0.012   596 0.018   582 0.010
    2.89   650 0.048   636 0.046   665 0.047   631 0.011   650 0.016   636 0.009
    2.67   661 0.049   669 0.050   688 0.049   650 0.012   660 0.016   668 0.011
    2.50   692 0.050   712 0.048   733 0.049   677 0.011   693 0.015   712 0.010
    2.36   727 0.054   777 0.053   801 0.054   712 0.014   727 0.018   775 0.013
    2.24   753 0.054   810 0.054   828 0.055   736 0.016   754 0.020   809 0.017
    2.13   780 0.063   844 0.064   863 0.066   770 0.020   785 0.026   846 0.022
    2.04   803 0.060   852 0.061   884 0.065   799 0.023   818 0.031   871 0.026
    1.96   754 0.071   831 0.072   857 0.081   814 0.027   833 0.041   908 0.038
    1.89   760 0.082   849 0.083   881 0.095   833 0.037   854 0.055   937 0.049
    1.83   721 0.089   841 0.090   883 0.111   825 0.043   851 0.068   969 0.061
    1.77   732 0.112   881 0.122   901 0.154   831 0.063   841 0.097   998 0.091
    1.71   730 0.124   891 0.136   890 0.166   832 0.074   827 0.114  1018 0.107
    1.67   732 0.156   897 0.182   892 0.211   820 0.107   806 0.129  1030 0.119
    1.62   704 0.152   877 0.177   856 0.202   797 0.107   781 0.135  1038 0.130
    1.58   728 0.178   911 0.202   861 0.225   795 0.128   765 0.155  1026 0.154
                                                                                
  Total  12679 0.062 13961 0.067 14222 0.071 13225 0.026 13410 0.035 14940 0.031

 このようにBL6Bに設置された巨大分子用ワイセンベルグカメラ、IP読取装置は非常に精度の良いデータを収集できることが分かった。今回は通常の方法でデータを収集、処理した結果を報告したが、今後種々の結晶について、さらに高分解能データの収集処理などのノウハウを構造生物に投稿して頂き、より質の良いデータを集めることができるシステムを作っていくことが望まれる。尚、リゾチームの結晶は鈴木守氏(PF)により提供された。


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