構造生物 Vol.3 No.1
1997年2月発行

8班 「核酸関連蛋白質の結晶構造解析研究」のアンケート
調査の結果報告


田仲可昌

班長 筑波大学生物科学系

坂部プロジェクトの第8班は「核酸関連蛋白質の結晶構造解析研究」のグループです。班活動の一環として、班員の方々に次のようなアンケートを行いました。ここに、アンケートの回答とそのまとめについて報告いたします。回答の締切が平成8年6月14日なのて、公表論文など一部古い情報になっている点もあることをお含み置きください。ご多忙のところ、アンケートに御回答いただいた方々に深くお礼申し上げます。なお、班員の方々は、つきの通りです。

問い合わせ事項

  1. 研究課題とそのねらい(課題別にお書きください)。
  2. 進行状況と克服しなければならない問題点(上記の課題別にお書きください)。
  3. 発表論文の所属や謝辞の項で"TARA(TARA for Sakabe project)"と明記したものがあれば、その論文名と雑誌名(印刷中、投稿中、準備中のも書いてください)。 (表記の仕方:「構造生物」1巻1号(1995)のpp.74-75を参照してください)
  4. 第8班として、あるいは他の班と合同で会合をもって、情報交換あるいは何かを計画することに関しての意見(なお、旅費や会合費はTARAから出していただける予定です)。
  5. TARA(Sakabe Project)が発行している雑誌「構造生物」の1巻2号(1995)は「構造生物学センターヘの発展をめざして」を特集しています。このセンター構想への皆様のご意見をお聞かせください。
  6. その他、TARAや第8班等へのご意見、希望をお聞かせください。 (注:公表したくない事項は書かないてください)

アンケートのなかで、「意見・要望」に関する内容のまとめ

  1. 8班だけの会合というより、全体として「結晶化」に焦点を絞った会合の開催 (編集委員会で話し合った結果、「結晶化」について会合をもつこと行事委員会に要望することになりました)
  2. 「構造生物学センター」の構想への期待か大きい

    の2点になります。

回答

竹中章郎(東京工業大学生命理工学)

(1) 研究課題とそのねらい

  1. 核酸分子中の特異な構造と反応性 (ねらい)リボザイムなど機能を有するRNAが最近いくつか発見されている。その特異な部分構造をX線解析によって明らかにし、それぞれの生物学的機能や反応機構、基質特異性を究明する。
  2. タンパク質合成系における遺伝コードの認識と反応機構 (ねらい)タンパク質合成系におけるロイシンの系、アスパラギン酸の系、ヒスチジンの系について、X線解析および構造化学的考察によって、アミノアシルtRNA合成酵素のアミノ酸の認識、ATPのアミノアシル化反応、tRNAのアンチコドンの認識とCCA末端へのアミノ酸の転移の反応機構を明らかにする。
  3. 超分子組織の構築原理とその反応の連携機構 (ねらい)生体内では多数のタンパク質が集合して高度に組織化された超分子複合体を形成し、一連の反応を効率よく、しかも正確に実行している系が多く存在する。そのような代表例として、2-オキソ酸脱水素酵素複含体の構築様式とその反応の連携機構を明らかにする。
  4. タンパク質分子の耐熱化機構 (ねらい)タンパク質の利用を目指して既に耐熱化因子かいくつか指摘されているが、その知見を使ってタンパク質の熱的性質を制御することは未だに難しい。常温菌と高度好熱菌のタンパク質といった両極端の構造を扱ったのでは生物の耐熱化戦略を見抜くことは困難である。これに中間的性質の構造を加えて比較すれば、熱安定化の方式が包括的に理解できると期待てきる。

(2)進行状況と克服しなければならない間題点

  1. ハンマーへツド型リボザイムについては、それを構成するRNA鎖の組み合わせ実験から、タンパク質酵素と同じように酵素活性部分と基質部分に分けることができることを見いだし、酵素部分だけとそれに基質鎖を加えた複合体の単結晶を得ることに成功した。放射光を用いてX線データを収集し、構造決定を進めているが、高分解能のデータを得るために結晶を大きくする実験を行っている。ギャップ部位m7GpppG についても、単結晶を得たが、より大きな結晶を得る努力を続けている。ヘアピンDNAについては、3.0Å分解能のデータが得られたので、現在、構造決定を進めている。
  2. アスパラギン酸の系とヒスチヂンの系について,X線解析の構造に基づく静電ポテンシャルの解析から,アミノ酸の認識機構,ATPの結合,Mgイ才ンの必要性,ATPのアミノアシル化反応機構,tRNAの結合,アンチコドンの認識機構,CCA末端へのアミノ酸の転移機構を明らかにした。現在,E.coli 由来のイソロイシンtRNA合成酵素とBacillus stearothermophilus 由来のロイシンtRNA合成酵素の結晶化を進めている。
  3. このファミリーに属するピルビン酸脱水素酵素複合体、2-オキソグルタル酸脱水素酵素複合体、分岐鎖2-オキソ酸脱水素酵素複合体はいずれもE1,E2,E3と呼ばれる3種類の酵素からなるという共通性があるが、基質によってE1とE2は変化する。またE2で構成されるコア構造の対称性が生物種によって異なる。イースト菌のE3の構造を決定し、真核生物の複合体における構造的特徴が見いだされた。現在、ヒトとブタのE3の解析を進めている。イースト菌のE3についてはE3結合タンパク質との複合体やE2,E2+E3,E2+lE1,E2+E1+E3などの組み合わせによる複合体のX線解析に挑戦する予定である。
  4. 中等度好熱菌 Bacillus coagulans 由来の3-イソプロピルリンゴ酸脱水素酵素は、結晶化で相当てこずったが、労が報われX線解析に成功した。その結果、タンパク質の立体構造の冗長性という新しい概念を導入して、生物は熱環境に即して構造の補強と削減という2つの耐熱化戦略を使い分けていることを見いだした。今後は、高/低温下の改変が可能な中等度好熱菌のタンパク質を利用して、この概念をさらに発展させ、耐熱化の定式化と応用に向けての定量化を図る予定である。

(3)所属や謝辞の項で"TARA"と明記した論文

  1. Crystallization and Prelinary X-ray Analysis of 3-Isopropylanlalate Dehydrogenase from the Moderate Facultative Thermophile, Bacillus coagulans. Acta Cryst. D52, in press (1996).
  2. Crystallization and Preliminary X-ray Analysis of Yeast Lipoamide Dehydrogenase . ( submitted )
  3. Two Strategies of Thermostabilization of Protein Structures: Crystal Structure of 3-Isopropylmalate Dehydrogenase from the Moderate Facultative Thermophile, Bacillus coagulans. (subimitted)

白鳥康彦(日本ロシュ(株)研究所医薬品合成化学部)

(1) 研究課題とそのねらい

詳細は公表できませんが、酵母および病原性真菌に必須な酵素の立体構造と機能に関する研究。
 (ねらい)構造をべ一スにしたコンピュータ支援による新規医薬品の開発。

(2) 進行状況や克服しなければならない間題点

現在、TARAシンクロトロン放射光を利用した研究を始めるための準備(試料タンパク質の大量精製、結晶化、など)をしています。なにぶん、当研究所ではX線結晶構造解析をした経験がありませんので、すべてについて初めてです。

(4) 8班(や他の班と合同)での情報交換等についての意見

生化学や結晶学の技術的な情報を入手させていただきたいので、是非とも打ち解けた雰囲気の会合を持っていただきたいと思います。

(5)「構造生物学センター」構想への意見

坂部先生を中心として、是非とも日本における構造生物学の一大拠点にしていただきたいと思います。もう一つの柱てあるNMRについての情報が欲しいと思います。例えば、Sakabe projectと同じように企業か出資して最先端のマシンを使った研究かできるのかどうか。また、もう一つの柱になりうる極低温電顕は今後導入されていくのでしょうか。

森川耿右、有富正治、有吉真理子、奥村美香、鎌田勝彦
(生物分子工学研究所構造解析研究部門X線グループ)

(1)研究課題とそのねらい

  1. 大腸菌の組み変え修復蛋白質の構造機能相関  (ねらい)遺伝子組み換えは、突然変異とともに、種が環境に適応するための変異の供給源である。染色体の減数分裂や体細胞分裂、及び損傷DNAの修復等、生体の細胞内のいたるところで重要な役割を果たす、大腸菌組み換え修復酵素群RuvA,B,Cの触媒機構をX線結晶構造解析の手法を用いて、立体構造の立場から原子レベルで明らかにすることが本研究の目的である。
  2. DNA除去修復蛋白質の立体構造解析  (ねらい)真核生物のDNA除去修復には、複数の蛋白質が複合体を形成し、特異的に損傷塩基を認識し、修復する。この複合体形成と分子認識のメカニズムは、DNA除去修復に限らず、あらゆる生体内機能において普遍的なものである。本研究は、DNA除去修復酵素群の立体構造を決定し、生体内における複合体形成の意義と分子認識の原理を明らかにしたい。
  3. 蛋白質-核酸複合体結晶構造解析の技術開発  (ねらい)蛋白質や核酸は、細胞内では個々別々に存在しているわけではなく、複雑な複合体(凝集体)として機能する場合が多い。こうした観点から、結晶化や構造解析の技術も現状より巨大な分子量の蛋白質複合体を扱うべく、改善、開発していく必要がある。

(2)進行状況と克服しなければならない間題点

  1. 組み換え中間体に特異的なエンドヌクレアーゼRuv Cに関してはフリーの結晶構造が決定されている。現在、更に基質である組み換え中間体DNAとの複合体の結晶構造を明らかにすべく結晶化を試みている。この結晶化に際しては、 DNA切断が起こらず、安定な複合体を形成するような蛋白質及びDNA分子のデザインを試行錯誤によって検討する必要かある。一方、Ruv AB蛋白質は、組み換え中問体の分岐点移動を触媒する。現在、Ruv A蛋白質では、結晶を作成し、その重原子同型置換体を検索中であるが、なかなか位相決定に有効な同型置換体が得られない。Ruv B蛋白質については、結晶化がうまくいかなかったため、大腸菌とホモロジーのある高熱菌の蛋白質を大量発現、精製し、結晶化を試みているところである。
  2. 本研究テーマの最初のターゲットとして、紫外線損傷である6-4 photoproductを認識するヒトのXPA蛋白質の機能ドメインを大腸菌で大量発現させ、結晶化試料を精製した。現在、結晶化を試みている。6-4 photoproductを含む合成DNAオリゴマ一を用いて、in vitroの結合能を解析したところ、特異的な結合は観察されず、蛋白質-DNA複合体の結晶化は困難だと思われる。今後、DNAとの相互作用を促進するような因子を検討し、その会合状態を結晶化するような努力が必要である。
  3. 現在の研究目的は、主に以下の3点である。 (a)弱い会合力によって形成される超分子複合体を、完全な状態で結晶化する技術の確立
    (b)構造的に安定な機能ドメインを取り出し、結晶化する技術
    (c)大腸菌以外の発現系の発展や新しい精製法の開発

     部分的には、1-2の上述の研究課題と重複するか、それ以外の核酸結合蛋白質(転写因子等)も含めて、結晶化を行う前の、発現系の構築、機能ドメインの解析、複合体の再構成のための条件検討が重要だと考え、そのプロセスの確立に努力している。また、こういった不安定な蛋白質-DNA複合体の結晶構造解析のためには、cryo-protectionを用いたデーター収集をある程度ルーチン化する必要かあると考えるが、現在の当研究室では充分な経験と実績がなく、今後の課題である。

(4) 8班(や他の班と合同)での情報交換等についての意見

他の班がどういう方針で活動しているのがといった情報交換は役に立つので積極的にやった方がいいと思うが、会合をあまり頻繁に行うと実験等の妨げになることもあるので年に1,2回にとどめて欲しい。せっかく「構造生物」を定期的に発行しているのだから、この雑誌を通じて情報交換できるようになればいいと思う。

(5)「構造生物学センター」構想への意見

細胞生物学や生化学の分野でも立体構造に基づいた活発な議論ができるような環境が、日本でも早く実現できるよう、各研究者個人が視野を広く持って積極的に協力していきたい。
水野洋(農業生物資源研究所)

(1)研究課題とそのねらい

植物花組織特異的転写因子の構造解明  (ねらい)ペチュニアから単離された植物花組織特異的転写因子であるEPF蛋白質の構造を解明して、植物の器官分化を司る情報伝達の構造的基盤を解明する。

(2)進行状況と克服しなければならない問題点

EPF蛋白質は二個のジンク・フィンガーが数十アミノ酸離れて存在し、そのフィンガー間のspacingによって、制御するプロモーターの特異性を認識している。このようなspaced zinc fingerのDNA認識機構を解明するために、zinc finger部分のみを大腸菌で発現させたが、菌体内で不溶化した。そこでこれとマルトース結合蛋白質との融合蛋白をつくり、可溶化発現に成功した。現在は融合蛋白の切り離し、濃縮、DNAとの共結晶化を試みているが、相手となる最小サイズのオリゴヌクレチドが長いため(27 mer)、現在まで成功していない。

野中孝昌、三井幸雄(長岡技術科学大学)

(3)所属や謝辞の項で"TARA"と明記した論文

  1. Crystal structure of the ternary complex of mouse lung carbonyl reductase at 1.8 A resolution: the structural origin of coenzyme specificity in the short-chain dehydrogenase/reductase family. Nobutada Tanaka, Takamasa Nonaka,Masayuki Nakanishi,Yoshihiro Deyashiki,Akira Hara and Yukio Mlitsui. Structure 4,33-45(1996)

    「要約」マウス肺(Mouse lung)由来のカルボニル還元酵素(carbonyl reductase)(MLCRと略称)は、「短鎖型」のデヒドロゲナーゼ/リダクターゼ族に属する4体の酵素である。この族の酵素としては初めてNADPH(NADHでなく)との複合体形で構造解析が行われた。この結果、NADPHの2'-リン酸基と酵素上のリシン17及アルギニン39の側鎖とが強い相互作用をしていることが分がり、この一群の酵素がものによってNADHを好んだりNADPHを好んだりすることの、構造上の起源を明らかにすることが出来た。

  2. Crystal structure of the Bilary and Ternary Complexes of 7a-Hydroxysteroid Dehydrogenase from Eschericia coli. Nobutada Tanaka,Takamasa Nonaka,Tetsuroh Tanabe,Tadashi Yoshimoto,Daisuke Tsuru and Yukio Mitsui. Biochemistry,印刷中(1996)

    「要約」7aヒドロキシステロイド・デヒドロゲナーゼ(7aHSDHと略す)は「短鎖型」のデヒドロゲナーゼで、4量体の酵素である。今回、「短鎖型」の酵素としでは初めで、NAD(+)との2元複合体、NAD(+)及び基質アナログとの3元複合体の双方の構造を解明することに成功した。この結果、基質の結合に伴って活性中心に大きな構造変化が起こることが分かった。しかも、この構造変化が、2元複合体の結晶格子を保ったまま、基質をしみ込ませることによっても起こすことが出来ることが分かった。そこで、A03班公募の古田氏(東邦大学)の協力を得てcaged基質を合成して、上記の構造変化を時分割ラウエ法によって観測することを狙っている。

  3. Three-dimensiolal Structures of Free Form and Two Substrate Complexes of an Extradiol Ring-cleavage Type Dioxygenase,the B3phC Enzyme from Pseudomonas sp. Strain KKS102. Toshiya Senda,Kazuyuki Sugiyama,Hiroki Narita,Takeshi Yamamoto,Kazuhide Kimbara,Masao Fukuda,Mitsuo Satoh,Keiji Yano and Yukio Mitsui. J.Mol.Biol.255,735-752(1996)

    「要約」ここに注目した、通称BphC酵素はシュードモナス菌の有するビフェニル分解系の中枢を占める酵素で、環境汚染物質PCBを分解する能力を有する。この酵素の立体構造を解明することにより、蛋白質工学的な改変を行い、より有効な微生物による環境浄化のシステムを構築しようとするものである。BphC酵素は分子量32,000のサブユニット8個からなる。今回解明された構造は、エクストラジオール型の環開裂酵素のものとしては、世界で最初のものである。活性中心に存在する鉄イオンのまわりのリガンドの配位は、lイントラジ才一ル型の酵素の場合と驚くほど似ていることが分かった。

中村光昭(中外製薬化学研究所)

(5) 構造生物学センター」構想への意見

構造生物学センター設立についてはおおいに賛成である。このセンターに研究体制を持たせパワーを集中することで構造生物学のレベルが向上し人材が育ち,画期的な結果が得られるかもしれない。しかし,産官学の共同でセンターを運営するためには多くの困難が予想される。企業は営利目的が主で活動しているので,ある程度利益の見返りがなければ資金の援助を打ち切る可能性もある。構造生物学センターと発展して多くの研究が走りはじめると,企業もその研究からシーズとなるものを探したいと思うが,多くの企業が参加しているこのセンターで情報を漏らさず共同研究することはなかなか難しいだろう。企業にとっては研究結果の公開義務を負わないでこのセンターを利用できるように,施設利用にあたっていくらといった方法で運営費を生み出すシステムを導入できないか。そうすればたとえば,蛋白質の発現や遺伝子組み替えの技術の専門家が集まって構造解析のために蛋白質を調整することができるセクションがあれば情報開示義務を負わずにその利用をはかれる。

伊藤晋(中外製薬化学研究所)

(6) その他の意見や希望

大学と企業が共同でできることは主として方法の開発と言うことになるのではないでしようか。具体的な構造解析については結果の所有権の問題が絡んできますので、TARA坂部プロジェクトにはなじまないのではないかと思います。

畠忠(三共分析代謝研究所)

(1) 研究課題とそのねらい

4重らせんを持つオリゴヌクレオチドのX線構造解析
 (ねらい)構造と薬理の相関を調べる。

(2) 進行状況と克服しなければならない問題点

結晶化の段階。難航している。

(4) 8班(や他の班と合同)での情報交換等についての意見

核酸かタンパク質の結晶化と異なって、特有の方法があります。その方法の経験談を聞きたい。

(5) 「構造生物学センター」構想への意見

 大いに関心があります。坂部先生のご退官が目前ですので、何とかこの関連の議論を活発にして、坂部プロジェクトを長く続けたいと考えております。

(6) その他の意見や希望

 一度、どのような事を考えているか、話し合う会があるとよいとおもいますが?

三木邦夫(京都大学大学院理学研究科)

(1) 研究課題とそのねらい

光回復酵素の構造と機能
 (ねらい)光回復酵素(photolyase)はDNA修復酵素の一つで,紫外線によってDNAに生じる損傷であるピリミジン二量体に結合し,その後に吸収する光のエネルギーを用いて元の単量体に修復する.このDNA修復は光回復と呼ばれる.本研究は,ラン藻Anacystis nidulans 由来の光回復酵素の立体構造をX線構造解析により決定し含まれる2種の補欠分子とアポタンパク質の相互配置を解明することによって,光によるDNA修復の分子機構を原子レベルで理解するものである.この立体構造決定によって,光回復酵素と損傷を受けたDNAの相互作用の機構,その光波長依存性の違いに及ぼすフラビン補欠分子の構造と位置関係,その光エネルギー移行の機構などに多くの知見が得られることが期待される.

本研究で対象とするラン藻由来の光回復酵素は,分子量およそ5万のアポタンパク質に2種の補欠分子フラビンが結合して酵素の構造を作っている.この光回復酵素はIDNAに生じる損傷であるピリミジンニ量体に結合した後,吸収した光のエネルギ一をトリガとして二量体から単量体への修復を行う.輿味深いことに光回復酵素は修復時に用いる波長が,〜440nmの長波長型と〜380nmの短波長型に分類することが できる.本研究で対象としたラン藻由来のものは長波長型,一方,大腸菌由来のものは短波長型に属する.これは,2種の補欠分子フラビンの構造の違いに起因している.どちらも還元されたFADを共通の補欠分子にもつが,第二の補欠分子の種類が異なることにより,長,短波長型の違いが生じている(前者は8-ヒドロキシー5-デアザフラビン型,後者は還元された葉酸型).この第二の補欠因子は光を吸収して,そのエネルギーをFADラジカルの活性化に用いる場合とFADH2に渡して二量体の修復に用いられる場合の2つの作用がある.

(2) 進行状況と克服しなければならない問題点

本研究は,光回復酵素のよるDNA修復の分子機構を立体構造の知見を基盤に解明することが特色であり,とりわけ補欠分子とアポタンパク質の相互作用が修復機構の鍵となる本酵素の場合には,立体構造情報が機構解明に大きく寄与することが期待できる.現在,我々は1.8A分解能の結晶構造を得ている.昨年,大腸菌から精製された短波長型に属する光回復酵素の結晶構造が報告されたが,第二の補欠因子のお互い異なっており,これを比較検討することは興味深い.さらに酵素自身の構造のみならず,酵素とチミンニ量体を含むDNAオリゴマーの複合体の構造を解明することによって,酵素内の修復に直接寄与している酵素部位を詳細に検討することか可能となる.これについては,適当な酵素-DNAオリゴマーの複合体の調製が鍵となり,現在これに取り組んでいる.

(3) 所属や謝辞の項で"TARA"と明記した論文

The Crystal Structure of Photolyase from Anacystis nidulans at 1.8 A Resolution.投稿準備中

田仲可昌(筑波大学生物科学系)

(1) 研究課題とそのねらい

  1. 細胞性粘菌のDNAトポイソメラーゼUの構造と機能  (ねらい)発生分化を研究する上での良いモデル生物である原生生物の細胞性粘菌を用いてこの酵素が生物の発生・分化にどのように関与しているかをで明らかにしたい。
  2. 細胞性粘菌ミトコンドリアDNA中のグループ1イントロン(ribozymeの1種)中に存在する0RF(タンパク質をコードしている部分)の構造と機能  (ねらい)この種の0RFはイントロンのsplicingを補助する酵素である場合やsite-specific DNA endonucleaseである場合が多いので、実際にどのような活性を持っているかを調べその0RFの存在理由を明らかにする。

(2) 進行状況と克服しなければならない問題点

  1. いわゆるトポUは普通核に存在するが、粘菌ではこのタンパク質(134 kDa)は、ミトコンドリアに局在していることが分かった。遺伝子の配列からは、ミトコンドリア移行シグナル配列が見つかっている。このタンパク質にGSTを付けて、大腸菌で作らせるとinclusion bodyに入って不溶化しnativeな状態で精製できなかった。また、His-tagを付けたタンパク質を粘菌に作らせたが、ミトコンドリアに局在するためか量を沢山得ることが出来なかった。残念ながら、この研究を行っていた大学院生が卒業したため、この研究は中断され、再開される目途はない。
  2. 3個のorfについて、それぞれtacプロモーターの下流に結合して、大腸菌内で発現させたところ、1つのorfでは、大腸菌の増殖が停止した。大腸菌のゲノムDNAを調べたところ、DNAが切断されていたので、DNA endomcleaseであると考えられる。切断部位を詳細に調べたところ、1本鎖の切断のみが検出できた。この酵素はDNase活性があるため、大腸菌では大量生産できない。他の0RPのRNAmaturase活性を調べたが、活性を検出出来なかった。

(3) 所属や謝辞の項で"TARA"と明記した論文

  1. Cloning and characterization of the gene encoding a mitochondrially localized DNA topoisomerase 11 in Dictyostelium discoideum: western blot analysis. Biochim. Biophys. Acta, accepted.
  2. Group I introns in the cytochrome oxidase genes of Dictyostelium discoideum: two related ORFS in one loop of a group I intron, a cox1/2 hybrid gene and an unusually large cox3 gene. Currenet Genetocs, in press.
  3. A site-specific DNA endonuclease specified by one of two ORFs encoded by a group I intron in Dictyostelium djscoldeum mitochondrial DNA. Gene, accepted.
  4. Localization of a DNA topoisomerase 11 to mitochondria in Dictyostelium discoideum: deletion mutant analysis and mitochondrial targeting signal presequence. J. Plant Research, accepted.

(5) 「構造生物学センター」構想への意見

拙著「坂部構想による"構造生物学センター"ヘの思い」構造生物1巻2号(1995)26-28
なお、「構造生物」1巻2号は、「構造生物学センターヘの発展をめざして」を特集しており、そこで、8班の三木邦夫氏と宮野雅司氏も執筆されています。

ご意見、ご要望などは下記のアドレスにメールを下さい。
sasaki@tara.met.nagoya-u.ac.jp