構造生物 Vol.3 No.1
1997年2月発行

構造解析のための蛋白質作成技術(4)
−動物細胞を用いた蛋白質の大量生産系−


佐藤功

中外製薬株式会社探索研究所

 蛋白質の結晶構造解析には大量の標品が必要であり、その要求を満たす量の蛋白質を得ることは容易ではない。大量の蛋白質を得るためには、大腸菌や、酵母、バキュロウイルスを用いた高発現系が有用である。また、動物細胞を用いた大量発現系も、この目的のためには有用な系であると考えられる。しかし、これらの大量発現系はそれぞれ一長一短があり、一つの発現系で満足のいく結果を得られるわけではない。動物細胞で発現させた蛋白質は、立体構造や糖鎖の付加など天然型に近い活性型で得られる、安定高発現産生細胞株を樹立するには時間を要するのも事実である。多少時間がかかったとしても、動物細胞で蛋白質の大量発現系を作成する最大のメリットは、発現させたい蛋白質が本来持っている立体構造や糖鎖構造をほぼそのままに維持した状態で得られることであろう。

動物細胞での大量発現

 動物細胞での大量発現と言っても多くの方法があるが、代表的なものはCOS細胞を用いた発現系とCHO細胞を用いた発現系であろう。COS細胞はアフリカミドリザルの腎臓由来の細胞であり、CHO細胞はチャイニーズハムスターの卵巣由来の細胞である。COS細胞を用いた高発現系は一過性の発現であり、CHO細胞を用いた高発現系は遺伝子増幅過程を含む安定発現系である。COS細胞では一時的に高発現になるものの、一回の遺伝子導入で作成した形質転換細胞から得られる蛋白質の量は限られてしまう。その点、ジヒドロ葉酸レダクターゼ(dhfr)遺伝子欠失のCHO細胞を用いた遺伝子増幅系は、大量の蛋白質を継続して得ることが可能である。しかし、高産生の形質転換細胞株を樹立するには、ゴールとする発現量にもよるが時間と手間が必要になる。ここでは、dhfr欠失CHO細胞株を用いた大量発現系について、筆者らの経験を踏まえて説明する。

遺伝子増幅法を用いた蛋白質の大量発現

 ジヒドロ葉酸レダクターゼ(dhfr)を用いた遺伝子増幅系は、多くの組換えタンパクの大量発現に用いられており、非常に有用な方法である。ジヒドロ葉酸レダクターゼは、葉酸からテトラヒドロ葉酸への還元を触媒する酵素であり、グリシン、プリン塩基、チミジンのde novo合成系に関与している。dhfr遺伝子を導入したdhfr欠失CHO細胞株 は、ヒポキサンチンとチミジンに対する要求性を利用して選別する。選別した安定形質導人細胞株は、メトトレキセート(MTX)の濃度を段階的に順次増加させ挿入遺伝子の増幅を行う。遺伝子増幅する際に、細胞をクローニングせずにMTXの濃度を増加させて最後に高産生細胞株を選別する方法と初めから各ステップごとに細胞をクロー二ングする方法がある。あるいは、全くクローニングせずに、MTXによる遺伝子増幅だけで高産生細胞が得られることもある。筆者らは、初めから高産生細胞をクローニングする方法で細胞株の樹立を行っているので、その方法を後で簡単に述べる。ただし、この場合、高発現細胞をスクリーニングするために、ELlSAのような測定系がないと非常に労力のかかる作業となってしまう。

dhfr欠失CHO細胞株の培養上の注意点

 dhfr遣伝子を欠失したCHO細胞株の取り扱いは、通常の細胞と同様である。一つ気を付けなければならないのは、dhfr遺伝子を欠失しているため核酸合成ができないので、培養液中にヒポキサンチンとチミジンを添加しなければならない。ATCCのカタログには、培養液としてIMDM(Iscove's Modified Dulbecco's Medium)に0.1mMのヒポキサンチンと0.01mMのチミジンを添加するように記載されている。筆者らは、ヌクレオシドを含むMEMα培地を使用しているが、特に問題はない。また、この細胞はプロリン栄養要求性があることが知られているので、場合によってはプロリンを添加した方がよいかもしれない。dhfr欠失CHO細胞株には、現在DXB11とDG44株の2種類が使用されている。どちらどちらもプロリン栄養要求性細胞株なので、培養時には注意が必要である。蛋白質発現に関しては、どちらの細胞株を用いても特に差は認められない。

発現ベクター

 目的とする蛋白質の遺伝子とdhfr遺伝子が同一の発現ベクター上にある必要は必ずしも無い。しかし、遺伝子増幅系で高発現細胞株を効率よく樹立するためには、目的の遺伝子とdhfr遺伝子がタンデムに存在する発現ベクターを構築する事をおすすめする。遺伝子の増幅効率を上げるためには、dhfr遺伝子は弱いプロモーターの下流につなぎ、目的とする蛋白質の遺伝子は強力なプロモーターの下流につなぐようにデザインするのが望ましい。別々の発現ベクター上に両遺伝子がある場合には、co-transfection法で遺伝子を細胞内に導入する。目的とする遺伝子を含む発現ベクターをdhfr遺伝子を含む発現ベクターの10倍程度過剰に加えることにより、目的の遺伝子を含む細胞の大半はdhfr遺伝子を含むようである。

プロモーター/エンハンサーの選択

 安定高発現細胞株を樹立するには、転写効率の高い強力なプロモーター/エンハンサ一の使用が望ましい。代表的なものもとして、ヒトサイトメガロウイルス(HCMV)、 SV40およびHTLV-1LTRの融含プロモーターであるSRαプロモーター、動物細胞の蛋白質ポリペプチド伸長因子EF-1αプロモーターなどがある。これらのプロモーター/エンハンサーの下流に発現させたい遺伝干を挿入した発現ベクターを構築して使用する。安定高発現細胞株を樹立するためには、いずれのプロモーター/エンハンサーを使用しても、最終的に得られる細胞の発現量にそれほど差はないようである。

Kozak配列の付加

 動物細胞に導入した遺伝子がmRNAから蛋白質に翻訳される効率を向上させるため、我々は翻訳開始点のATGの前にKozak配列GCCGCCA/GCCのうちのCCA/GCC配列を付加している。最近の報告によれば、CCA/GCC配列のAまたはGが重要でCCの部分は、どの様な塩基になっても蛋白質への翻訳効率にはそれほど差がないようである。

培養上清への分泌

 CHO細胞で蛋白質を高発現させ結晶構造解析に利用しようとするならば、目的とする蛋白質を培養液中に分泌させる必要がある。また、大量に発現した遺伝子産物が細胞内に蓄積すると、細胞の機能に対して抑制的あるいは致死的に作用する場合がある。目的とする蛋白質を精製することを考えると、培養上清中に分泌させるのが望ましい。培養上清中に分泌させるためには、目的の蛋白質に分泌シグナルを付加する必要がある。その蛋白質が元々持っている分泌シグナルがあれば、それを用いるのが最適である。しかし、元来分泌されない蛋白質の場合には、他の蛋白質由来の分泌シグナルを付けることにより、細胞外に分泌されるようにすることができる。(ただし、その蛋白質の構造の中に、疎水性領域を持たないことが条件である)細胞膜に膜1回貫通型で結合するT型蛋白質の場合は、膜貫通ドメインを除くことで分泌型にすることができるし、U型蛋白質の場合は、膜貫通ドメインを除くと共に何らかの分泌シグナルを付けることにより細胞外に分泌させることができる。

CHO細胞への遺伝子導入

 発現プラスミドは適当な制限酵素で切断し、直鎖にしてからCHO細胞に導入する。直鎖状にすることにより、目的とする遺伝子はCHO細胞の染色体にintegrationされ易くなる。細胞に遺伝子を導入する方法は、一般的に行われている方法でかまわない。すなわち、リン酸カルシウム法、DEAEデキストラン法、リポフェクチン法、エレクトロポレイション法いずれでも、遺伝子導入が可能である。通常我々は、エレクトロポレイション法で遺伝子を細胞に導入するので、その方法について述べる。他の方法は、専門書を見ていただきたい。

  1. CHO細胞をトリプシンで処理し、PBSでよく洗浄した後、1×107細胞/mlとなる ように細胞懸濁液を調製する。
  2. 10μgのプラスミドと細胞懸濁液0.8mlをよく混和した後エレクトロポレイション用のキュベットにいれ、25μFの静電容量で1500Vにてエレクトロポレイションする。
  3. 10分間静置し、細胞を回復させた後、10%の牛胎児血清を含むヌクレオシドを含むMEMα培地に懸濁する。
  4. 細胞懸濁液を、3-5枚の96穴マルチプレートに播き込む。
  5. 培養開始翌日からヌクレオシド不含のMEMα培地に培地交換し、遺伝子の導入された細胞の選択を開始する。

スクリー二ング方法

 2-3日おきに培地を交換し、10日〜2週間後に培養上清中の目的とする蛋白濃度を測定する。形質転換細胞の増殖は必ずしも同じではないが、増殖の速い細胞株の方が大量培養の時には扱いやすい事を考慮すると、あまり増殖の遅い株は切り捨てて良いと考えられる。産生量の高い穴の細胞を継代培養し、遺伝子増幅のために用いる。高産生の細胞株を得るためには、第一回目のスクリーニングが大事で、この時産生量の高い株を得るようにする。筆者らの経験によると、第一回目のスクリーニングの時点で、産生量が1リッター当たり1〜5mgの細胞株を得ることができる。

遺伝子堆幅方法

 MTXにより遺伝子増幅を行うためには、MTXの濃度を段階的に順次増加させていく必要がある。MTXの至適濃度をサイクル毎に検討する方法もあるが、筆者らは、5nM、50nM、500nMの順でMTX濃度を増やしている。この方法で、全ての細胞が死滅してしまうことや、産生量が上がらないことは一度も経験したことがない。MTXでの遺伝子増幅の各ステップで、高産生細胞株のスクリーニングを行う。方法は、前記方法に準じて行っても良いし、細胞を薄く培養ディッシュに播き込んでコロニーを形成させ、ろ紙等で拾う方法でも良い。樹立した細胞株の最終的な産生量は、発現させた蛋白質によっても異なるが、リッター当たりだいたい20-30mgである。

安定高発現細胞株の大量培養

 結晶構造解析に用いる蛋白質を得るには、安定高発現細胞株の大量培養を行う必要がある。培養には、培養フラスコ、ローラーボトルあるいはスピナーフラスコを使用する。蛋白質の精製を考慮すると、安定高発現細胞株は無血清培地で培養するのが望ましい。筆者らは、ローラーボトルを用いて無血清培地で大量培養を行っているので、その方法について説明する。

CHO細胞で樹立した安定高発現細胞株は、ローラーボトルで容易に培養が可能であ る。回転数は、0.5rpm程度が適当であまり回転数を高くすると播き込み時に細胞がローラーボトルに上手く接着できないことがある。細胞がローラーボトル一面に増えたところで、培養液を無血清培地に交換する。CHO細胞は、無血清化馴化の作業をしなくても無血清培地ASF104(味の素)やCHO-SFM(GIBCO)などの培地で培養可能である。無血清培地中でもCHO細胞は増殖し、長く培養すると浮遊細胞も出現する。CHO細胞は浮遊状態でも蛋白質の産生をするので、蛋白質の発現や分解などには問題はない。安定発現細胞株を培養フラスコを用いて培養するより、ローラーボトルを用いて培養した方が細胞密度が高くなり、浮遊細胞も出現するので、蛋白質の産生量が増加するケースも見受けられる。ちなみに、我々の経験では、血清存在下に培養フラスコでの産生量が20mg/l/6dayであったのもが、ローラーボトルでの無血清培養では50mg/l/6dayになったケースがある。

 以上簡単に動物細胞での発現及び大量培養系について述べてきた。CHO細胞を用いた発現系は、細胞樹立まで2カ月程度の時間がかかってしまうが、産生蛋白質のスクリーニング系さえあれば、それほど手問のかかる作業ではない。目的とする蛋白質を安定に生産し、無血清培養も可能であるので組換え蛋白質の大量精製も比較的容易ではないかと思う。

参考文献


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