構造生物 Vol.3 No.2
1997年7月発行

放射光による生体高分子結晶解析用高速高精度高分解能自動データ収集システム

坂部知平



I. はじめに

平成8年より5年間の計画で筑波大学応生教授坂部知平が代表者となり日本 学術振興会未来開拓学術研究推進事業の受託研究(プロジェクト番号JSPS-RFTF96R14501 )として蛋白用データー収集システム完全自動化の開発手を行っている。 平成9年3月坂部知平は筑波大学を定年退職したがこの研究は 筑波大学TARA客員研究員として続行することが決定された。従って本誌に学 振未来開拓という項目を設けて頂き、本研究の報告を行う。今回は本システムの 開発思想を主として紹介する1,2)

U. 自動化の必要性

高エネルギー加速器研究機構・物質構造科学研究所放射光施設(旧称高エネル ギー物理学研究所・放射光実験施設)には現在坂部等が開発した巨大分子用ワイ センベルグカメラ及び大型イメージングプレート(400x800mm)読取装置IPR408:0 が設置され多大の成果を上げている。1996年前期は10ケ国、137プロジ ェクトに達しその内48プロジェクトは海外からのものであった。既に400 種類以上の蛋白質の解析データが収集され、多くのものが解析されている。上記 のデータ収集システムは精度良く、高分解能まで迅速にデータ収集出来るため年 2日しか取れないビームタイムに高価な旅費を払っても海外からデータ収集に来 るのである。測定速度は結晶の良否、分解能、等によって大きく異なるが、およ そ2-3時間で1軸回りのデータが収集出来る。しかし、此のデータ収集システ ムは自動化されていないため、カメラを操作する人、イメージングプレートを運 ぶ人、更に読取装置を操作し、その後そのデータをメディアに移す人等最低8人 が必要である。このほか24時間以上連続的に実験するためには交代要員も必要 である。

イメージングプレートを用いた自動回折計は既に市販されているが読取時間が 長く放射光のように強力な光源に対しては極めて効率が悪い。又これらはカメラ 半径が短く、しかもヘリウムパスが装備されていないためバックグランドノイズ が大きい。また格子定数の大きな結晶の高分解能のデータは収集できない等致命 的な欠点を持っている。海外ではこれら市販のものを放射光と組み合わせて使用 している場合が多い。測定者にとっては楽であるが、効率が極めて悪く、精度も 十分とは云えず、特に格子定数の大きな結晶に対しては全く不向きである。そこ でPFに押し掛けて来るわけである。 精度等を損なうことなく自動化する一案3)は1991に発表したが、その方法 では充分なデータ収集速度が得られないため実用化は行わなかった。今回開発す る装置は上記の欠点を全て解決したもので全く新しいアイデアに基づく高性能の システムである。

皿. アイデア及び有効性

本装置は結晶の取り付け、結晶の軸立て、へリウムチェンバーの装着、測定条 件の設定等は手動で行うがその後は自動的にデータを収集出来るものである。

本装置は大別すると、モノクロメータを含む回折記録部、搬送部、IP読取部、 消去部及び架台部から構成される(図1、図2参照)。

本装置の特徴は円筒型カセットの内側に半径400mm、軸方向450mm の有感面積を持つイメージングプレート(IP)が貼ってあり、且つ円筒の周り に10度間隔で1×10mmの入射X線用の穴合計36個開けたカセットを2個 製作する。これらの穴を長方形にしたのはスクリーンレスワイセンベルグ写真の 撮影を可能にするためである。図1に示したスクリーンにより円筒形カセット 全面に貼ってあるIPに1ショット毎に記録される開口角を決めることが出来る。 このスクリーンを上下非対象にセットする方法をAsymmetric setting(AS)、 対称にセットする場合をSymmetric setting(S)と定義し図8及び図4に示し た。(360度/開口角度)が1個のカセットで記録できる最大ショット(画像) 数である。表1に波長1.0AのX線を使用した場合の26角度、1カセット当 たりの最大画像数、セッティングのタイプ及び円周方向の分解能の関係を示した。

図5には波長1ÅのX線に対する2θ角と分解能に対する記録可能な数をグラフ で示した。この絶対的な数量は格子定数などにより異なるため相対的な量で示し た。図中点線のカープが理論的な全反射数である。波長1Åに対する、円筒軸方 向の分解能の限界は1.89Å(これは円筒方向を500mmに設定した値であ るが、この大きさのIPが製作不可能であることが判明し450mmに修正した。 その場合の限界は2.04Åである。)であるから、その場所を点線で示した。 図3及び図4を参考にして目的に応じた条件設定を行い、データ収集を行うもの である。例えば多くの解析は2.6Åの分解能で充分なため、カセット開口角を ASセッティングの場合は20度に、又同価な反射を多く記録し平均化で精度を あげれるSセッティングの場合は40度にセットしてデータを記録する。この場 合、前者ではカセット1個当たり18画像、後者の場合でも9画像記録できる。 即ち、18回或いは9回記録した後にカセットをIP読取部に移しカセットを 回転させながら円筒軸方向に移動させ高速読取を行う。この間消去を終了したも う1つのカセットを回折記録部に移動させ記録を開始する。

高速読取部には(最 低)5個の読取ヘッドがあり等間隔に配置されている(この間隔を何処まで狭く 出来るか現在検討中)。画素サイズは0.1x 0.1mmであるため、カセット が900回転すれば読取を終了する。1秒間に2回転させると7分80秒で読取 を完了する。その後カセットを消去部に移動させ消去を行う。消去に6分間、 1回の搬送を2分、読取の全行程に余裕を見て10分を要したとする。図6に示 したように回折を記録する時間(今の例では18回又は9回露光するまでに要す る時間)が14分以上ならば回折記録部が空いている時間は搬送時間のみである。 即ちこの場合、読取及び消去は露光及び搬送時間中に処理できることになる。従 って1サイクルに要する最小時間は18分である。先程の例ではASの場合1カ セット当たり18ショット記録できるので、1分/画像になる。これは人海戦 術で行っている現在より、1桁以上速くしかも1人で測定が出来るため極めて能 率がよい。しかもカセット半径が400mmあるので、格子定数は500Åまで 測定可能であり、事実上無制限といえる。また測定の誤差の原因となるバックグ ランドノイズはカセット半径の自乗に逆比例するため、この様に大きな半径を持 つカセットは精度を上げる上でも極めて有効である。更に、空気散乱によるバッ クグランドノイズはヘリウムパスを設けることにより極めて低くなる。

W. 予想される主な問題点

我々は既に単一読取ヘッドによる大型IP読取装置(lPR4080)を開発し、これ はフォトマル1本でダイナミックレンジの直線部が2.5X105あり、しかもX線のフォトン数にして1-2フォトンが検出可能で有ることを確認している4)。これら の経験を活かし高速高精度高分解能の全自動データ収集システム開発するが、こ の開発には下記する多くの問題を解決する必要がある。

1. カメラ部の問題点

  1. 入射X線の空気散乱を出来る限り減らす。試料まわりのヘリウムチェンバ -及びコリメータをカセット内に設けることで達成する。
  2. ヘリウムチェンバーの大きさも大切。取り扱いやすい範囲内で出来る限り 大きい方がよい。X線のストッパーはチェンバー内。
  3. 試料の取り付けが容易に出来る様ゴニオメータヘッドと測定者の距離が離 れないようにする。
  4. 軽量を計る必要が有るが、SR光がカセット内のはい有らないようカセッ トには0.5mmの鉛板を貼る等の処置が必要。また試料近傍から出るバックグ ランドカットするためのシールド盤が必要。
  5. 必要な分解能に有った角度範囲のみ露光するための可変角スクリーンを設 ける。スクリーン幅がフレーム幅を決定し、読取の際このフレームを正し く分割する必要がある。
  6. 順次露光位置を変えるためのカセット回転機構を設ける。
  7. ワイセンベルグカメラ機構を備えるため入射光光路用穴を長方形に切り出 す。
  8. カセットの1方向は光を止め、X線の進入を減らすため閉じている。
  9. 資料を-200度摂氏まで冷却することが必要な場合もあるが、本開発で 低温吹き付けをどのように組み込むか?これは極めて難しい問題である。

2. 高速化のため読取ヘッドを5本以上にするがこの際生ずる問題点として

  1. レーザー光を含む複数読取ヘッドの感度の均一化、安定性(短期)及び 耐久性(長期)。
  2. レーザー発信器の容積、熱、安定性の問題。30-40mW級半導体レー ザは実用になるか?
  3. いわゆる先読み現象によるつなぎ目の強度劣化補正
  4. 1回の読取で1GB弱のメモリーを必要とし、しかも高速であるため 大容量のサーバーが必要になる。又データプロセッシングも高速且つ大容 量の電子計算機を必要とする。
  5. 安定したカセット回転、特に読み取りヘッドとIPとの距離の安定性。
  6. 設定位置の精度、フレーム毎の分割方法など細かい注意が必要。

3. 消去部

  1. 光が漏れないようにする。
  2. カセットを外する前に消灯、或いは遮光する。
  3. その他既製品に準じた注意を払えばよい。

4. 搬送部

  1. カセット毎動かすのでむしろ楽であろう。しかし搬送とその後のセットに 必要な時間が全体的なスピードを左右するので、スピードアップに心がけ る必要有り。 このほか開発研究も他の研究と同じく当初は予想できない多くの困難が生じる ものである。従って、初年度は2ヘッド型読取装置を試作して多ヘッド型への基 礎を固め、次年度は自動化システムの試作機、特に多ヘッド型読取装置部、消去 部及び搬送系を重点的に開発する。その後これらの経験を生かし最終的な開発を 行う。 既に2ヘッドによるIP読取装置を作り、現在その功罪について検討している ところである。その結果に基づき仕様を作製し、既に製図を開始した。

参考文献
  1. 坂部知平(1996)放射光と構造生物学一測定装置開発の立場から---第22回日本アイソトープ・放射線総合会議A160(平成8年12月17日、招待講演)
  2. K.Sakabe, K.Sasaki, N.Watanabe, M.Suzuki, Z.G.Wang, J.Miyahara and N. Sakabe (1997) Large-Format Imaging Plate and Weissenberg Camera for Accurate Protein Crystallography Data Collection Using Synchrotron Radiation. J. Synchrotron Rad:4, 136-146.
  3. N.Sakabe (1991) X-ray diffraction data collection system for modern protein crystallography with a Weissenberg camera and an imaging plate using synchrotron radiation. Nucl. Instr. and Meth. A303. 448-463.
  4. N.Sakabe, K.Sakabe, T.Higashi, A.Nakagawa, N,Watanabe, S.Adach, S. Ikemizu and K. Sasaki (1995) Weissenberg Camera for Macromolecules with Imaging Plate Data Collection System at the Photon Factory, Present Status and Future Plan. Review of Scientific Instruments. 66, (2), 1276-1281.

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