構造生物 Vol.4 No.2
1998年8月発行

平成10年度TARAプロジェクト申請書
(二段審査用)*



*プロシェクトは2段階審査を受けて成立するが、申請書には大きな相違がないため2段審査で提出したもののみを掲載する。

1. プロジェクトの種類:リエゾン推進室特別プロジェクト

2. 研究題目:放射光X線による生命機能維持物質の結晶構造解析と利用基盤に関する研究

3. 研究代表者
氏名: 祥雲弘文
所属・職: 応用生物化学系・教授
電話番号: 53-4603; Fax番号: 53-4605

4. 研究の目標

(1)全体の目標:生物の個体維持と継承という生命現象を機能的な側面から理解する。そのために最 も重要と考えられる生体関連物質の3次元構造決定をX線結晶解析法により行い、得られた構造をもとに 生命体の制御機構を明かにする。文部省・高エネルギー物理学研究所(高エネ研;KEK;現・高エネル ギー加速器研究機構)・放射光実験施設に設置された設備は過去10年間、我が国における唯一の、そし て世界最先端の放射光を利用したX線結晶構造解析装置として国内外の研究者に広く利用され、この分野 の一大中心として研究の進展に多大の貢献をしてきた。本プロジェクトは、この放射光実験施設のX線結 晶解析設備を拠点として最先端の技術開発をさらに進め、より高性能の装置の開発・利用により国内外の 強い要求に応え、研究の活性化・進展に貢献することを目標とし、平成7年度より9年度までTARAプ ロジェクト・生命機能制御研究アスペクトに採択された同名の課題研究(坂部知平・前代表者、祥雲弘文・ 現代表者)を継承するものである。他のTARAアスペクトとも連携し、本プロジェクトが我が国の構造 生物学センターに発展するよう願い、そのための努力を行う。本プロジェクトはその性質(参加班員・企 業や企業からの出資金の規模、社会的二ーズ・インパクトの大きさ等)から、一般の研究アスペクトより もリエゾン推進室特別プロジェクトの趣旨により一層添うものであると再考され、ここに新めて申請する。

(2)各年度の目標:これまでのTARAプロジェクトとしての活動により、上記放射光実験施設内に TARA用実験ステーション、BL6Bを新設し、産・官・学の多くの班員の研究に供している。本プロ ジェクトの活力を十分に活かすためには、さらに実験ステーションの増設、改良が必要である。BL6B (放射光実験施設における放射光No.6のビームラインの一つを利用したタンパク質X線結晶構造解析装 置)に続いてBL6Cを建設することが設備面における当面、最大の目標である。またビームライン建設 に伴い、X線検出器であるイメージングプレート(IP)の完全自動化、データ収集自動化のための新型 CCD検出器の開発などを行う。これら装置の建設と共に、データ収集の自動化に伴い増加する膨大な解 析作業のためのコンピューターおよび解析ソフトの整備を行う。これらの新設備により現在の3倍の速度 でデータ収集が可能となる。これら計画が完成すれば、現在の長いピームタイムの待ち時間が解消され、 研究の大幅なスピードアップが期待できる。これらの設備は平成12年度までの3年間で完成させる。各 年度の目標に関しては下記5項参照。

一方、各班員はそれぞれの研究テーマを持っており、既に完成したBL6Bをフルに活用して研究を進 める。またBL6Cも2年後には試運転にこぎ付け、班員の利用に供したい。

5. 研究の概要と計画

(1)全体の概要と計画:より高度の機能をもつX線結晶構造解析装置の建設の必要性が高まってい るが、KEK・物質構造科学研究所・放射光実験施設に新たな実験ステーション、BL6Cを建設し、本 TARAプロジェクト班員を初めとする国内外の要望に応える。また次世代技術である時間分割ラウエ法 による動的結晶構造解析の実用化の可能性を追及する。最終的目標として、本プロジェクトをつくばにお ける構造生物学センター設立の核とすることを検討する。一方各班員は本施設を利用して各自の研究テー マを進展させ、基礎研究の発展、重要医薬品の開発などに於て貢献する。それと共に-大きな研究目標テー マを設定し、それに班員が協力してあたることも検討する。

(2)各年度の計画:現在、本学を通して物構研にBL6Cの専用使用願いを申請している。許可が出 次第建設材の発注を行い、平成10年度中にTARA専用ビームラインに改造する。またデータの収集お よび解析には高度の技術と多くの時間が要求されるが、この負担を大幅に軽減するため、IP検出器の自 動化、3X6アレイ型CCD検出器の開発、電子計算機の購入、解析ソフトの開発と導入などを行う。こ れら計画は各年度に区切れるものではないが、平成11年度に試運転、平成12年度に完成を目指したい。

6. 研究の学問的、社会的インパクト

タンパク質のX線結晶構造解析の分野では現在、強いエネルギーが得られる放射光をX線源とする装置 の開発、利用が最先端技術となっている。しかしそのためにはシンクロトロンをはじめとする大規模設備 の設置が必要で、国家的規模の研究事業となる。放射光を利用した本格的タンパク質X線結晶構造解析装 置は、坂部知平・現プロジェクト前代表者により我が国で初めて高エネ研に建設された(BL6Aなど)。 それ以来約10年間、BL6Aは世界最先端の設備として高い評価を受け、国内外のタンパク質構造解析 分野の研究進展に多大の貢献をなしてきた。近年の我が国の本分野における研究成果の殆ど全ては、この 坂部の施設から生まれたものである。しかしながら最近の施設利用申請の著しい増加により、従来の設備 ではこれらの要望を全て満たすことは不可能となっていた。このような背景から、現プロジェクトによる BL6B建設の意義は大きく、また短期間にもかかわらず大きな成果を得ている。

放射光実験施設の重要性は昨年、国が莫大な費用を投じてそのためだけの施設、SPring8を播磨に建設 したことを見ても明かである。従ってこれまで我が国唯一の放射光による結晶解析装置であった高エネ研 施設の学問的、社会的重要性は容易に理解できよう。また、一社あたり加入金4千万円、運営費年400 万円もの大金を14社もの企業が本プロジェクトに出資した事実は、これまでの実績に対する評価と、本 プロジェクトへの今後の期待が如何に高いものかを物語る。本プロジェクトは産・官・学の43団体、1 42名の参加を得、我が国の構造生物学進展の核となるものである。

7. 研究の学際性及び先端性

(1)背景:近年生命科学の様々な分野において、X幸1隷結晶構造解析は最も重要な研究手段の一つとなっ ている。すなわち、タンパク質など生体関連物質の立体構造解明は研究の最終目標ではなく、生命現象を 理解するための1ランクアップした研究の始まりであると言える。Nature,Science,Cell等一流科学雑誌に 掲載される生命科学関係の論文には、このような構造解析分野のものが大変多いことを見ても、構造解析 研究の占める役割の重要性は明かであろう。また産業的にも、例えばエイズ治療薬開発のドラッグデザイ ンに応用されたように、タンパク質結晶構造解析の知見は益々重要となっている。

(2)特色:つくばという産・官の主要研究所が集中し、また高エネ研に隣接するという地の利を活か し、坂部・前代表を高エネ研より招聘し、さらには多数の企業から多額の出資金を得たことなど、幾つも の好条件を背景に本TARAプロジェクトを発足できたことは、本学TARAにとり大きな幸運であった。

(3)新規性:これら幾つもの幸運が重なり、本プロジェクトは成立した。また設備建設に要する莫大 な費用は企業出資金だけでなく、坂部・前代表個人の努力による資金(学術振興会未来開拓委託研究費、 文部省重点領域研究代表者)にも依っている。これだけの条件がそろうことは奇跡に近く、一大学の研究 プロジェクトとして他に類を見ない。

(4)独創性:本プロジェクトは世界最先端の放射光実験施設の解析装置の存在、多数の産・官・学の 一線級研究者の賛同を得たこと、その結果多数の有力企業から多大の出資金を得ることが出来たこと、班 員に我が国一線級のクリスタログラファーを綱羅していること、つくばという特異な地域の地の利を十分 に活用したことなど、いくつもの幸運が重なることにより成立し、現在、我が国のX線結晶構造解析の一 大拠点となっている。本学TARAの主旨に最も適うと言え、それだけで独創性は明かである。

装置の面から言えば、坂部・前代表の独創になる巨大分子用ワイセンベルクカメラの開発により、本放 射光実験施設はその先端性から世界的に有名となった。さらにTARAプロジェクトとしてBL6B、B L6Cの建設にあたり、上記IPやCCDなどを用いた検出器の自動化に独創的な工夫がなされ、世界的 に見ても他の追随を許さない。

上記装置を利用した個々の研究においても優れた、独創的なものが数多く出ている。

8. 準備状況

現プロジェクトの活動によりBL6Bを建設し、多数の班員の研究に供することにより、大きな成果を 挙げてきた。また実験施設に隣接して可搬型コンテナハウス(通称TARAハウス)を建設し、データ解 析やプロジェクト運営の拠点としてきた。新プロジェクトでのBL6C建設などの費用は、参加企業から の維持管理費、坂部・客員研究員lによる学術振興会未来開拓委託研究費、TARAの補助金などでまかな う。現プロジェクトにおいて、機関誌-構造生物学」を年2-3回出版し、また総会、班会議、勉強会 (セミナー)等を通して、班員の交流、結束を高め、次のステップの準備を行っている。 9. 研究組織(氏名、所属、職名、連絡先;研究内容)

代表者: 祥雲弘文(応用生物化学系・教授、電話:53・4603)

客員教授: 東常行(理学電気(株)・X線研究所・部長;X線結晶構造解析装置の設計、製作)

TARAセンター研究員:BR>  祥雲弘文(応用生物化学系・教授;カビ脱窒系の分子機構、シトクロムP450の構造と機能)
 田仲可昌(生物科学系・教授、電話:53-4666;核酸結合タンパク質)
 大嶋建一(物理工学系・教授、電話:53-5300;物質中の構造ゆらぎ・乱れ、相転移の研究)
 赤座英之(臨床医学系・教授、電話:53-322Z3;泌尿器系悪性腫瘍に関する基礎的臨床的研究)
 水野洋(応用生物化学系・併任教授、農業生物資源研究所;X線結晶構造解析)
 馬場忠(応用生物化学系・助教授、電話:53・6632;哺乳動物生殖細胞の分化・形成、受精)
 岡村直道(基礎医学系・講師、電話:53-3077;哺乳動物精子成熟機構、運動・受精能獲得機構)
 鳥居徹(臨床医学系・講師、電話:53-3223;医学的に重要なタンパク質)
 河合弘二(臨床医学系・講師、電話:53・3223;膀胱発癌、腫瘍免疫学)

TARAセンター客員研究員:
坂部知平(国際科学振興財団・専任研究員、電話:77-0020;蛋白質X線結晶船斤システムの開発)
他、144名(別紙参照)

10. プロジェクトの実施に必要な実験スペース

TARAセンター内:現在、X線スキャッタリング装置を置かして貰っている(1階)。高エネ研 には置き場が無いので、未だしばらく置いておくのを許可して欲しい。その他のスペースは不要。

TARAセンター外:KEK・物質構造科学研究所・放射光実験施設にX線結晶解析の本拠をおく。

その他は、各研究員が個人の研究室をもつ。

11. プロジェクトの実施に必要な設備

下記、KEK・物質構造科学研究所・放射光実験施設内の設備以外は、各研究員個人でそれぞれまかなっているので不要である。

12.プロジェクトの実施に必要な特殊装置や特殊実験室

既設:上記、KEK・物質構造科学研究所・放射光実験施設内の設備(BL6B、コンテナハウスなど)。
新設:上記、BL6Cなど。

13.プロジェクトの実施に必要な研究費

放射光実験施設内の設備建設、運営に要する経費(プロジェクト全体の公的経費)は、下記17項の研究費でまかなう。

一方、各TARA研究員個人の活動を支援する研究費として、計400-500万円程の援助をTAR Aから頂ければ幸いである。

14. 研究実施フローチャート

15. ポンチ絵

16.主な業績

(1)坂部知平客員研究員の偉大な業績については既に述べた。

(2)TARA研究員

祥雲弘文:真核生物で初めて硝酸呼吸(脱窒)を発見し、ミトコンドリア新規呼吸系の存在を明かにし た。関連して特異な機能(一酸化窒素還元酵素)をもつP450(P450n o r)を発見し、X線構造 解析にも成功した。この結果により、P450国際学会(1997年8月、サンフランシスコ)のプレナ リーレクチャーに招待された。

多数のTARA研究員、TARA客員研究員の中には、プロジェクト代表者よりも良い成果を挙げてい る研究者も多いが、ここでは具体例は省略する。

(3)受賞:馬場忠(筑波大学・応用生物化学系)、1997年度日本農芸化学会奨励賞

17.研究費の取得状況

(1)TARA研究費

現プロジェクト(平成9年まで)において,加入金4千万円、運営費4百万円/年、の寄付を14の 企業から得ている。平成10年度以降はこの企業からの運営費計5.6千万円/年が主な収人であるが、これらは設備の建設と運営にあてられる。

(2)省庁プロジェクト

祥雲弘文:生研機構(農林水産省)(平成9年度〜、9年度は6千万円)
坂部知平:学術振興会未来開拓委託研究費(平成8年度〜)
田仲可昌:学術振興会未来開拓委託研究費(平成9年度〜)

(3)文部省科学研究費

坂部知平:重点領域研究「放射光による蛋白質結晶構造のミリ秒オーダーのダイナミックスの研究」(平成8年度まで)(代表)
祥雲弘文:基盤研究A(平成8〜10年度、計3,400万円)

18.その他(特記事項等)

(1)受賞:馬場忠(筑波大学・応用生物化学系)、1997年度日本農芸化学会奨励賞

(2)トピックス:

呼吸は最も重要な生命現象の一つであるが、その呼吸で最も重要な働きを担う酵素、シトクロムc酸化酵素の結晶構造解析が、日本とドイツのグループによりそれぞれ独立になされた。それら結果は同じ週のNatureとScienceに掲載され、また新聞全国紙にも紹介された。どちらの仕事も本プロジェクト班員により高エネ研の装置を使用してなされたものである。

項目10〜13の優先順位:

10.に記した、X線スキャッタリング装置の置き場所以外の要望は、11.の研究費(年間4百 万円程度)のみである。


ご意見、ご要望などは下記のアドレスにメールを下さい。
sasaki@tara.met.nagoya-u.ac.jp