構造生物 Vol.4 No.3
1998年12月発行

動的光散乱測定による結晶化用蛋白質の検討


三浦 圭子

萬有製薬(株)つくば研究所

当日の配布資料を元に、以下のような報告をしたいと思います。
*馬場先生の構造解析を目指した蛋白質発現および精製についての紹介の最後のコメントにもありましたが、「結晶化用サンプルは出来ても、結晶がなかなか出来ないことがある」という悩みに対して、五里霧中のように試行錯誤するだけで時間をかけるのでは無く、うまく結晶を出す為の手がかりを得るという意味で、動的散乱(Dynamic Light scattering:DLS)測定の勧めをすることを念頭において紹介しました。

尚、当日示した構造解析結果の図などは、当社の業務上の都合で、この報告書では割愛させて頂き、DLSデータ例のみにさせてもらいたいと思います。

1)具体的な測定例の紹介
結晶構造解析の流れを示し、代表的なD'Arcyの報告例(Acta Crystallogr.,D50, 469−471,1994)を説明し、当方の実験対象とした蛋白質サンプルを用いた同様の結果も紹介しました。
測定した結晶化用蛋白質は、分子量および機能の異なるもの4種類を用いました。

結晶化および]線回折データ収集がうまくいったものについては、結晶の写真および構造解析結果の構造を示しながら、対応するDLSデータを紹介しました。

但し当方のデータの様相の該当は、報告例より堆察したものであり、具体的な数値基準については当方にはアイデアはありません。

これらのデータを比較するだけでも、小幅単一様相(monomodal)の蛋白質は結晶化が成功し、構造解析が可能となり、多様相(multimodal)蛋白質の結晶化は難しいことが確認できると思います。

確かにこの時点では、結晶化がうまくいかないものは、DLSでmultimodalであるということを確認しただけで終わってしまうではないかという意見が出されましたが、当方としては最後に示す予定でしたが、multimodalである理由を考察して新たな対策を練ることでmonomodalやbroadmodalに変えられる可能性を次に紹介しました。

2)測定データをみて考えられること
(分子生物学上の対策)
例えば、1)で示したProtein "D" 自体の結晶構造解析例は現在までのところ誰からも報告されていませんが、そのN末を除いてcore domainのみ発現および再構築させた分子量約65,000ものでリガンド分子との複合体の構造解析結果が近年報告されました。その構造をみると、除いたN末部分は分子の外側に出ていて立体構造の不均一性に寄与していた部分であったと解釈され、それゆえにDLSもmultimodalであったと理解できました。

類似のものとしては、多数のUpstream stimulatory factor(USF)のfragmentを作成、発現し、そのDNAとの複合体のDLS傾向を見ながら結晶化の成功するものを探した報告があります。(参考文献(1))

他には、参考文献(2)に記載されているアスパラギン合成酵素の例があり、S−S結合による2量体形戌の際の立体構造の多様性を解消するために、CySteineをalanineにした変異体を作成することでmonomodalとして結晶化が成功したものがあります。

(結晶化の際の対策)
 上記にあげた成功例のように、リガンドなどとの共結晶化により安定な立体構造を形成する複合体を作るような条件を利用することは、これに相当すると思われます。

当方の紹介したProtein "C" の例もこれに相当するものです。これは2つの蛋白質の複合体であり、球状の蛋白質とその結合蛋白質で構成されていますが、この状態で上記に示すようなbroadmodalのDLSパターンを示しました。結合蛋白質単独の構造解析例は現在のところ報告されておらず、解析結果の構造をみるところでは、3つのドメインが連結している多様な立体構造を取りうることが判明していますので、この蛋白質単独では、multimodalである可能性が強く示唆されました。

これらのことから、均一な立体構造を取りうる条件を探してそれを結晶化に活用することの重要性が再確認されたものと思われます。

3)測定器の原理の説明は、簡単に説明させてもらいましたが、当方は十分理解していないこともありますので、文末にあげた詳しく説明されている良い参考文献(2)および(3)を参照してもらいたいと思います。

4)測定の前の疑問点
 今まで測定希望者から事前に問い合わせが来ていた内容が共通であったので、 紹介してみました。
 これらの回答を含めて、次に挙げる装置の説明を行いました。

5)測定装置の説明一最新版の特徴を含めて
 DLSデータ測定については、TA鮎坂部プロジェクトで購入してあるDynaPro801を利用できることを紹介しました。同測定機器の詳細な説明は、取扱メーカーである(株)リガクのカタログや、制作メーカーのProteinSolutions社のHomePageの記事に任せたいと思いますが、利用できる最低限の仕様については、説明しました。(後日談:参照)

 DynaPro801-TC本体の導入は、1996年度に実施されていたのですが、特に、本年6月末には、Microsamplerの導入が完了したことから、今回のセミナーでは、従来の1/10液量での測定が可能となったDynaProの利用紹介を折り込むことが出来ました。

例えば、Lysozyme(2mg/ml in O.1M acetate Buffer(pH4.2))15microliterの試料を用意して、光散乱強度は116x103countありました。形状はmonomodalで、分子量はglobularとして設定すると、13Kと計算されました。加えて、edit settingでglobular補正の項で、lysozymeを選ぶと、その分子形状を考慮して平均分子量を補正するので、14Kと変更されました。

 尚、測定に必要な濃度は分子量に応じて変わるので、上記Lysozymeの濃度は目安に過ぎません。最近、Protein Solution の HomePage(参考文献(5))に分子量をこちらから入力すると最適な濃度が計算されて表示される機能があることを確認しましたので、この機会に合わせて紹介しました。

 温度可変条件下での測定を希望する際は、DynaPro801-TC本体のフローセルへのサンプル導入で測定する仕様になっていますので、必要量は従来通り150microliter以上となることをご注意ねがいます。

 測定時の表示例を示し、サンプルを測定器に導入後、10分以内に表示のようなデータが得られることから、例えば試料のWを測定するように簡単にDLSが測定できることを紹介しました。

6)どういうデータが得られるのか
 表示データについては、流体回転半径Hydrodynamic Radius(RH)およびその計算分子量や、正規分布に変換した分布グラフなどが示されますが、更に有効なこととしては、札の細かい分布として最小二乗計算して得られるProfile analysisを紹介しました。これは、DynaProのコントロールソフトウェアの最新バージョンからは、リンクして起動できる「DynaLS Size Distribution Software」というソフトウェアを使用することで可能です。

 このソフトウェアの有効例も示してみました。測定サンプルは、単分散とすると multimodal様の幅広い分布を示すものでしたが、その流体回転半径分布をDynaLSで計算処理したところでは、主とした回転半径の他に、aggregation相当の大きな半径のものと分子量1000近いと准定される小さな半径のものの3成分に解釈されることが理解できました。このサンプルの結晶化を検討する上でのサンプル精製のアイデアが得られることを紹介しました。

コメント:
 あくまでも今拘示したDLSデータは、当方の限られた試料に基づくものですから、同じ分子量のものの中での程度が異なるものについて多数比較するべきであるのは当然です。むしろこの機会に、結晶化の成功の有無に関わらず蛋白質の結晶化を行っている研究者各位が多数のDLSデータを比較検討することにより、経験則が蓄積してくるのではないかと考慮しています。

 上記のような結晶化傾向とDLSデータについての関係は、「動的光散乱法」の利用のほんの一例に過ぎません。

 例えば、分子の単分散と2量体形戌のバッファーPHによる違いなどを正確に測定することも、この装置では可能ですから、Glycinamide Ribonucleotide Transformylase を用いた利用例は報告されています。(C.A. Mullen and P.A. Jemings, J. Mol. Biol, Vol.262,746−755,1996)

 今回のセミナーでは、これらの利用例の個々のものについての詳しい説明は割愛させて頂きましたが、Protein Solutions の Home Page(参考文献(5))には、利用報告例を項目毎にうまく分類されており、多数記載されていましたので、情報収集源としての利用価値もあることを合わせて紹介させてもらいました。

最後に:
構造生物学の目的の為にも、構造解析に適した良好な結晶を得ることが肝心なことですから、基本的に結晶化検討の際に必要な情報については、次の演者から詳しく説明してもらいました。今回紹介した内容は、結晶化に少し苦労した時に振り返って考える材料となることを覚えておいてもらいたいと思います。結晶化がうまくいかないときは、早めに馬場先生の御講演の内容を踏まえて、発現系をいろいろと試みることは当然であり、その検討の際に発呪したものの均一性が理想的であるかを測定しておくことで、検討例の数と迷いを幾分か減少でさることを理解頂けたら幸いです。

反省:
当日の説明で測定サンプルを調整する際の注意点として、塩濃度は出来るだけ低くして測定した方が良いですよということも追加コメントをしたのですが、これはDLS装置上の問題では無く、サンプルの塩濃度の違いによる凝集度の影響を少なくして測定した方がよいということです。当方のサンプルでは、このようなことが実際経験することができて、例えば、高い塩濃度のイオン交挽クロマトグラフィーでの画分を直接測定するよりは、低塩濃度のバッファーに置換してから測定する方が安定した分布が確認できたことがありました。この件につきましては、DynaPro利用者の複数の方から、自分のサンプル測定の際には、影響が無かったとのコメントを頂きましたので、追加報告しておきたいと思います。これについては、当方の理解不足によるものであると反省しております。
後日談:
 このセミナーを機会に、手元の結晶化サンプルのDLSデータ測定希望者が増えたことは、喜ばしいことです。セミナー翌日より測定に関する問い合わせが数件ありました。つくば地区以外の方でも、ビームタイム利用でPF来訪の際にDLS測定を考慮される詰も出てきています。
 以前は、操作法など多少戸惑われることもあるかと思われましたので、初回は立ち会って説明したこともありましたが、新型のMicrosamplerになったこともありましたので、取り扱い上の要点のみを記載したHomePageを用意してみました。現在TARA Home Page(http://www.met.nagoya-u.ac.jp/TARA/index.html)にリンクして公開されています。

 特に微量サンプル量での測定に対応する為に、サンプルろ過システムー式も変更になっていることが伝わり難かったようでしたので、そのMicroFilter Filtration Systemの説明ように、次のページを追加しました。

 DynaPro TC&MSが使えるようになりました(updated on 17 Aug 1998)」*ページ中の「Micros[Plerは従来のシステムと異なる備品を使いますので使用前に内容をご確認ください」にリンクして「Microsamplerの使い方」のページがあります。

 (内容は、最後のページに添付します)
 始めて測定希望される方にも事前に見ておくことでイメージが湧くようにとの配慮で写真説明付きの取扱書にしてみました。写真は当方が個人的に所有しているデジタルカメラで撮影したものです。最近は当方へのメールでの問い合わせはありますが、直接説明しなくても済むようになって、とても便利であると感じています。

 測定器の近傍に用意した使用手順書を含めて、今後は、このページを見て気が 付いた点や追加事項などをご指摘頂けるとより使いやすいものにしていけるもの と思われますので、ご意見をお願いしたいと思います。

                                      以上

*このページについては、構造生物Vol.4 No.2 page 82, 1998に既に記載してあ ります。

尚、今回の紹介内容の大半であるDynaPro関連の記事については、取扱メーカーである(株)リガクにご協力頂いたことは、感謝致します。

参考文献
 (1)[Dynamic Light Scattering in Evaluation Crystallizability of Macromolecules]A. R. Ferre-D'Amare et al Methods in Enzymology,Vol.276,157−166,1997
 (2)「動的光散乱法を用いたタンパク質の結晶化の支援法」加藤博章、日本結晶学会誌 Vol.39,315−319,1997
 (3)「動的光散乱の結晶化への応用」山野昭人、構造生物 Vol.3,No.2,69−76,1997
 (4)「The DynaPro,Molecular Sizing Instrument」Mr.Robert Collins,Protein SolutionsInc.RIGAKUユーザーズミーティング資料、1997
 (5)「ProteinSolutions Home Page」http://www.protein-solutions.com/


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