構造生物 Vol.4 No.3
1998年12月発行

構造生物学の展開に期待する


古川 尚道

筑波大学TARAセンター

私見を持ってこの一文を書くことをお許し傾きたい。自然科学は“物”を扱う物理学、化学、生物学の分野から成り立っている。扱う対象が、物理学では主に原子(又は非常に単純な分子)、化学では分子になり、生物学では物質(生体分子)である。非常に乱暴な定義であるが、原子は約100ケしかなく、その内天然にあるのはウランまでの92ケである。それだけに物理学の研究内容は単純明確である。化学の世界では主役が分子であり、例えば有機化合物は1000万を越えていると言われている。世の中の物質は殆どがこの分子が構成単位である。従って物理屋さんとは違い、化学屋はあまり定理や公式等で議論できない複雑さがある。化学には反応化学、構造化学、合成化学があるが、物を作っていく上にはどうしても分子の構造を知る必要がある。この手段として、近年は核磁気共鳴、質量分析、赤外、紫外線吸収等が広く用いられ、溶液の中での分子の形や挙動が明らかにされている。それと共に]−線結晶椅造解析の目覚ましい進歩のおかげで、様々の分子の構造が明らかにされ、化学の分野では本来の目的である物質の変化を追求する反応化学の進歩に大きな寄与をしている。化学反応そのものをビジュアルに見るのが我々化学屋の夢であるが、各種の機器を用いた構造化学の展開はそれを一歩一歩現実のものとしている。今や反応化学と構造化学を基礎とした合成化学が非常に盛んになり、化学屋はどんな物質でも作ってみせるという自信を持っている。最近ではコンビナトリアルケミストリーなどという分野が新しく立ち上がり、数百ケもの化合物がコンピューター制御された合成器を使うと一気に出来上がってしまう。分子生物学と言う言葉が用いられるようになってから、生物学が有機化学にグンと近付いてきて、近い将来、生物のいろいろな現象が分子レベルで明らかにされる日も近いのではないかと考えられる。扱われている対象がほほ有機化合物だから生命現象を始めいろいろな生物現象は“反応生物学”とも呼べる。反応解明の土台はなんといっても物質の構造を明らかにすることであろう。そのためには各種の機器を用いて生体有機物の構造をまず明らかにしていく必要がある。どうも分子生物学の研究者の人たちが使っておられる化学物質は化学屋から見るとまだまだ分子の領域には入ってないところが多いように思う。坂部先生の“構造生物学”では複雑な蛋白等の構造を放射光を用いてキッチリ決めようとされている。当然将来はその立体配置や配座等構造の微細部分や動的変化まで知ることが出来るようになると考えられ、「反応生物学」や「合成生物学」の誕生もそう遠い未来の夢ではなかろうか。坂部先生の「構造生物学」の展開に期待し たい。


ご意見、ご要望などは下記のアドレスにメールを下さい。
sasaki@tara.met.nagoya-u.ac.jp