構造生物 Vol.5 No.1
1999年4月発行

発光細菌Vibro fischeriのフラビン還元酵素の結晶構造


小堀俊郎 田之倉優

東京大学大学院農学生命科学研究科

1 はじめに フラビン還元酵素は電子供与体としてNADHまたはNADPHを用い、FMNなどのフラ ビン類を還元する酵素であり、細菌からほ乳類まで広く分布している。特に、発光細菌 においてフラビン還元酵素の生成物であるFMNH2が、発光酵素ルシフェラーゼの基質になると考えられ、注目されてきた。

発光細菌における発光反応は、現在のところ、以下のようなサイクルで進行すると 考えられている1)。すなわち、NAD(P)H:FMN oxidoreductaseで還元されたFMNH2がルシフェラーゼと結合し、これが酵素と反応すると、中間体であるC(4a)-hydroperoxy‐FMNが生成される。このフラビン中間体とアルデヒドが反応してC(4a)-hydroxy-FMNができ、これが基底状態に戻る際に光が放射される、というものである。

(1)NAD(P)H+FMN+H→NAD(P);+FMNH2 フラビン還元酵素

(2)FMNH2+R-CHO+02→R-COOH+H20+hν ルシフェラーゼ

発光細菌Vibrio fischeriのフラビン還元酵素FRaseIはそのコードする遺伝子から予想されるアミノ酸配列が、大腸菌ニトロ還元酵素NfsB2,3)や好熱性細菌Thermus themophilus HB8のNADH酸化酵素NOX4)と相同性を持っていた。しかし同じVibrio属でNADPH特異的に同様の反応を触媒するVibrio harveyiのフラビン還元酵素FRP5)とは有意な相同性は見られなかった。

2 FRaseIのX線結晶構造解析

海洋性の発光細菌Vibrio fischeriのフラビン還元酵素FRaseIの結晶は、PEG4000を沈殿剤としてストリークシーディングを用いた蒸気拡散法により得ることができた6)。得られた結晶は空間群C2、格子定数a=101.6Å、b=63.3Å、c=74.4Å、β=100.0°の単斜晶系で、非対称単位にモノマー2分子が含まれていた。回折強度データの収集は実験室系のR-AXlS UcとPFの坂部ワイセンベルグカメラを併用して行った。位相は重原子同型置換 法を用いて決定した。

モデルの構築はプログラムOを用いて行い、分解能10.0〜1.8Åのデータに対してX‐PLORを用いて精密化を行った。最終的なモデルはN末端メチオニンを除いた217残基から構成され、R因子=18.7%、free因子=21.3%であった。ペプチド結合の理想値からのずれを表すRMSは、結合長で0.011Å、結合角で1.62°であった。

3 FRaseIの立体構造7)

図1にFRaseIの立体構造を示す.本酵素は活性中心に補酵素FMNをもつフラビンタンパク質であり、9本のαへリックスと5本のストランドからなるβシートで構成される各モノマーが、互いに密接に相互作用したホモダイマーである。補酵素のFMNは2つのモノマーの界面に存在しており、ポケットの奥深くに埋もれている。補酵素FMNと酵素とは共有結合ではなく、周辺残基と10本を超える水素結合を形成することによってきわめて安定に結合している。このヌクレオチド結合様式は、ヌクレオチド結合構造として代表的なロスマンフォールドとは異なるものである。本酵素は、大きく堅いコアを形成するドメインと、コアから突き出た2本のαへリックスからなるフレキシプルな小さなドメインから構成される。この構造を見ると活性中心である補酵素FMNとフレキシブルなドメインにはさまれた領域に基質が結合すると考えられる。しかし、そのポケットの大きさから考えて基質であるNADHとFMNが同時に結合することはできないし、補酵素FMNの裏側は完全にタンパク質の残基で覆われているので、2つの基質が同時に補酵素FMNに結合することは不可能である.このことは、本酵素の触媒反応がピンポンバイバイ機構に従うことと一致している(図2)。

4 阻害

本酵素のフラビン還元活性はクマリン誘導体によって阻害されることが見出され、その阻害機構を酵素反応速度論的に解析した結果、これらの阻害剤は第一基質であるNAD(P)Hに対して競合的に、また第二基質であるFMNに対しては不競合的に作用することが判明した8)。また阻害定数はKIとして10-7〜10-5Mで、非常に強力に本酵素のフラビン還元活性を阻害することがわかった。ある基質に対する競争阻害剤は、その基質と同じ部位に結合し、酵素一阻害剤複合体(EI複合体)を形成することによって活性を阻害するので、酵素一阻害剤複合体の構造を解明すれば、基質結合部位を特定することが可能になる。そこでソーキング法により複合体の結晶を作成し、複合体の結晶構造を決定した。

5 複合体結晶構造

dicoumarol複合体の構造を図3に示す7).これを見ると全体としては先程の酵素だけの酸化型構造と大きな変化はない.しかし補酵素FMNの近傍を拡大すると、活性部位であると考えていた領域にdicoumarolが結合している.dicoumarolは、Ie43のアミド窒素と水素結合を形成しており、また補酵素FMNのイソアロキサジン環とPhe124側鎖の芳香環との間に挟まれいた.この領域は半径約4Å、長さ約12Åの円筒形のサブポケットとなっており、逆側の溶媒領域に突き抜けていた。

またdicoumarol以外の阻害剤も全てIle43アミド窒素と水素結合を形成していた8)。この水素結合を形成できないクマリンが、本酵素に対する阻害剤になり得なかったことを考えると、この1本の水素結合がリガンド結合に必須であることが示唆される。これら阻害剤がNAD(P)Hの競争阻害剤であることと、サブポケツトの大きさを考慮すると、NAD(P)Hの酸化還元部位であるニコチン環がこの領域に結合するものと考えられる。

Vibrio harveyiのフラビン還元酵素FRPを重ねあわせると、FRaseIのne43にはFRPではSer41が相当した(図4)。しかし補酵素FMNに対面するヘリックスの相対位置が異なっているため、FRPにはFRaseIのPhe124に対応する残基がない。以上の結果より、2つのフラビン還元酵素では、ピリジンヌクレオチドの結合様式が異なることが示唆される。

6 おわりに

以上のように、阻害剤複合体を考慮することによって、他のフラビン還元酵素との基質特異性の相違を示唆することができた。今後さらに、発光酵素ルシフェラーゼとのタンパク質間相互作用を解明していきたい。

本研究は東京大学生物生産工学研究センター小池英明博士(現工業技術院生命工学工業技術研究所)、佐々木宏助手、東京大学大学院理学系研究科西郷竜教授、善野修平博士、ワシントン大学E.T. Adman教授、ブリティッシユコロンビア大学M.E.P. Murphy博士との共同研究である。

本研究を遂行するにあたり、X線回折実験で御助力頂いた高エネルギー加速器研究機構坂部知平名誉教授、渡辺博士、鈴木博士、五十嵐博士に深く感謝いたします。

参考文献

  1. Hastings, J. W., Potrikus, C. J., Gupta, S. C., Kurfurst, M. & Makemson, J. C. (1985) Adv. Microb. Physiol. 26, 235.
  2. Anlezark, G. M., Melton, R. G., Sherwood, R. F., Coles, B., Friedlos, F. & Knox, R. J. (1992) Biochem. Pharmacol. 44, 2289-2295.
  3. Zenno, S., Koike, H., Tanokura, M. & Saigo, K. (1996) J. Biochem. 120, 736-744.
  4. Hecht, H. J., Erdmann, H., Park, H. J., Sprinzl, M. & Schmid, R. D. (1995) Nature Struct. Biol. 2, 1109-1114.
  5. Tanner, J. J., Lei, B., Tu, S.-C. & Krause, K. L. (1996) Biochemistry 35. 13531-13539.
  6. Koike, H., Sasaki, H., Zenno, S., Saigo, K. & Tanokura, M. (1996) J. Struct. Biol. 117, 70-72.
  7. Koike, H., Sasaki, H., Kobori, T., Zenno, S., Saigo, K., Murphy, M. E. P., Adman, E. T. & Tanokura, M. (1998) J. Mol. Biol. 280, 259-273.
  8. Kobori, T., Koike, H., Sasaki, H., Zenno, S., Saigo, K. & Tanokura, M. unpublished result

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