構造生物 Vol.5 No.1
¶1999年4月発行

カルフォルニア大学バークレー校の Sung-Hou Kim 研究室の紹介


鎌田健司

萬有製薬

1996年の4月から1998年の10月までの2年半、カルフォルニア大学バークレー校のSung-Hou Kim教授の研究室に萬有製薬より出向してきました。カルフォルニア大学バークレー校は、UCLAなど9校あるカルフォルニア大学の本校であり、サンフランシスコからサンフランシスコ湾を東へ渡ったバークレーの町にあります。サンフランシスコの南に位置するシリコンヴァレーと呼ばれる地区などを含んで、この地域はベイエリアと呼ばれ、一年を通して気候も穏かで、料理もおいしく大変暮らしやすいところでした。また近郊にはカルフォルニアワインの産地であるナパバレー、景色のきれいなモントレー半島、ヨセミテ国立公園などがあり、自然にも恵まれた地域です。

カルフォルニア大学バークレー校はアメリカでも指折りの名門大学ですが、学生運動の発祥の地というリベラルな土壌からか、堅苦しさはまったく感じられませんでした。ただ州立の大学ということで、ハーバードやスタンフォードといった私立の大学と比べて予算が厳しいらしく、日本の大学と比較して設備の面でそれほど差があるとは思いませんでした。そうはいっても毎週の授業では多くの有名な教授が講演にきており、そのレベルの高さには驚かされ、日常的にそのような講演を聞けるアメリカの学生がうらやましく感じました。

Sung-Hou Kim教授は化学科の教授と、大学の隣にあるローレンスバークレー研究所(LBL)の教授を兼任しており、キャンパス内のCalvin Lab.に実験室があります。Calvin Lab.は、Calvinサイクルを見つけノーベル賞を受賞した、Dr.Melvin Calvinにちなんで名づけられており、研究室にいたご老人が本人だと気づいたときには大変驚きました。Calvin Lab.には、Sung-Hou Kim教授のグループの他に結晶構造解析を行なっているグループがいくつかあり、これらのグループ全部で実験装置を共同で使用し、セミナー等を行なっています。これらのグループを合わせるとスタッフが10名程度、それに加えて10数人のポスドク、5名程度の大学院生が主に実験を行なっており、大学生が彼らの実験の手伝いをしています。人数の構成からわかる通りポスドクが中心で、それぞれがすでに知識も技術も持っている人の集まりなので、普段は各自が自分のテーマを自分流のやり方で行い、問題が生じたり新しい事を始めるときに詳しい人に尋ねるというのが基本的なスタイルでした。そのため自分でどんどん質問していかないと入ったばかりで構造解析にあまり詳しくない大学院生さえも、テーマだけ与えられて放任されてしまうということになり、個人主義のお国柄を感じました。

グループとしては、タンパク質及びRNAの結晶構造解析が中心ですが、タンパク質の二次、三次構造予測を行なっているメンバーもいます。構造解析のテーマとしては、細胞周期関係、シグナル伝達系、転写因子などのタンパク質、呼吸鎖系の膜タンパク質、そして RNAの構造解析などが行なわれていましたが、他の研究室からの依頼によるタンパク質の結晶化、構造解析の仕事も多くありました。またSung-Hou Kim教授は最近、Structural Genomicsに大変熱心です。詳しくは、Nature Structural Biology (vol5. Suppl:643 1998)に書かれていますが、Genome Projectで読まれてくる機能未知のタンパク質を結晶化し、構造解析していくことで、タンパク質の新しいFoldingを見つけていこうという試みです。研究室では、ゲノムのサイズが小さい古細菌Methanococcusをテストケースに選らんで、いくつかのタンパク質の構造が解かれ始めていました。分子生物学、生化学の分野の研究者が比較的容易に構造解析を行なえる環境になって行く中で、Sung-Hou Kim教授は新しい道を探っているようでした。

研究室には2台のR-axis Ucがありましたが、ほぼフル稼動という状態であり、混雑時は2〜3週間待たないと使えないということも度々でした。シンクロトロンにBeamtimeがあると、手持ちの結晶がある数人で、スタンフォードのSSRLやブルックヘブンのNSLSに出かけていきます。SSRLは車で1時間程度の距離で楽なのですが、NSLSへはニューヨークまで飛行機のあとレンタカーを使う事になり、結晶の運搬や空港での検査などでいろいろと大変でした。しかし1998年になって、LBLのAdvance Light Source(ALS)にあるタンパク質結晶構造解析用のBeamlineが本格的に使用可能になり、大変便利になりました。アメリカ全体でもタンパク質結晶構造解析用のBeamlineは増える傾向にあるようでBeamtimeの取得は比較的容易であり、構造解析のためのBeamtimeに関してだけ承認までにかかる時間を短縮する試みも為されていました。ALSのBeamlineもそうですが新しくできるほとんどのBeamlineがCCDをdetectorとして採用し、Se-Metを使ったMAD法用の測定が容易にできるように設計されていました。実際にそれらのBeamlineを使用して、多くの構造がMAD法によって解かれており、その威力を感じる反面、サイズの小さいCCDのDetectorばかりになり、格子の大きな結晶を測定ができるBeamlineが見つからないという困った状況になることもありました。しかしCCD-basedのDetectorのサイズも徐々に大きくなってきており、このような問題も直に解決すると思われます。

留学を通しての全体の印象として、サポートがしっかりしているため研究がしやすいという面やいろいろな情報が入ってきやすいという事は感じましたが、日本の研究施設や研究者の方々の水準がアメリカのものと比較して低いということは全くないとあらためて感じました。しかし私個人としては、2年半という比較的長い期間、アメリカで研究生活を送れたのは非常にいい経験になったと思います。研究面でも多くの事を学べましたが、Sung-Hou Kim教授の研究室は、教授が韓国出身ということもあってか、メンバーの出身国が中国、韓国、台湾、イギリス、ドイツ、オランダ、ロシア、スぺイン、ブラジルと非常に多様であり、いろいろな国の人達と交流できたことが一番の収穫であった気がします。また、いろいろな国から人が集まってくるという意味で、アメリカは現在世界の中心であり、それらの人々を受け入れているアメリカの国としての懐の深さのようなものを実感しました。

今回は大学への留学でしたが、萬有製薬の親会社であるメルク社の研究所を訪れる機会もありました。メルク社においては、すでに構造解析が創薬に大きく貢献しており、また学会で他の製薬会社のStructure Based Drug Designの発表も活発に行われていました。メルクでは他の製薬会社と共同してAdvanced Photon SourceにBeamlineを建設しており、現在月に1日程度Beamlineが利用できるとの話でした。僕自身は、TARAプロジェクトが立ち上がった頃にアメリカへ行ってしまったため、まだTARAプロジェクトの施設を利用する機会がありませんが、TARAプロジェクトもますます発展しており、これからを大変楽しみにしています。


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