構造生物 Vol.5 No.2
1999年9月発行

ウプサラ大学 Iwata 研究グループの紹介


岩田 茂美

ウプサラ大学・生物学科

この原稿を書いている5月のウプサラは、北国の遅い春を迎え、一年で一番いい季節が始まったところです。ウプサラはスウェーデンの首都であるストックホルムから70kmほど北に位置し、昔は国王がいた小さな城と北欧最大の大聖堂があるこの町は、1477年のウプサラ大学創立以来、大学の町として知られています。スウェーデンは人口が800万人いない小さな国ですが、ノーベル賞のお国柄だけあって、科学技術のレベルは高く、リンネ、アレニウス、オングストローム、スベドベリなど多くの著名な科学者を輩出しています。また,我々の生化学科の創始者は電気泳動法による蛋白質の分離の研究でノーベル賞を受けたティセリウスです。クロマトグラフィーでおなじみのファルマシア社はもともと生化学科で研究された技術を基礎に始まった会社です。

大学には特定のキャンパスはなく、町中に大学の施設が散在しています。私は町の中心部から少し離れたバイオメディカルセンター(以下BMC)と呼ばれる建物で仕事をしています。この建物にはライフサイエンスに関係した学科が集まっています。ここでの蛋白質結晶学のグループの状況はなかなかユニークだと思われるので、簡単に紹介したいと思います。BMCには2つの大学の4つの学科のプログラムが同居しています。TARAプロジェクトのメンバーでもあり、動的構造解析で知られるJanos Hajdu教授(ウプサラ大・生化学)、プログラムOの作者Alwyn Jones教授(ウプサラ大・構造生物学)、各種金属酵素の研究をしているHans Eklund教授(スウェーデン農業科学大学(SLU),分子生物学)、Rubiscoの仕事で知られるInger Andersson教授(SLU‐植物生理学)のプログラムがコンソーシアムを作り協力関係にあります。このコンソーシアムの中には、この他にも助教授格のグループリーダーに率いられて独立した研究を行っているグループとして、Lars Liljas のウイルス研究のグループや我々の膜蛋白質のグループ、またO-infoでおなじみのGerard KleywegtのUSF(Uppsala Software Factory,実際は彼一人でやっている。)などがあります。グループごとに各 種異なった特色を持っており、全部で70人以上の蛋白質結晶学者が在籍しており、スウェーデンの蛋白質結晶学の中心となっているだけでなく、ヨーロッパの中の同分野で最もレベルの高いグループの1つとなっています。それを反映して、学生から教授にいたるまで非常に国際色豊かで、スウェーデンにいながら、グループ内の共通語は完全に英語です。X線測定装置を始めとする様々な機器を共用したり、一緒にセミナーをしたり、コースで一緒になったり、研究以外でも木曜日ごとの Beer Club など、みんなで、仲よくやっています。

私のグループには、グループリーダーのSolwataの他、ポスドク3人、学生5人が在籍しており生化学科に属していますが、実際の研究はJanosとは独立しています。我々とJanos及Ingerのグループは、物理的に同じ場所にまとまっており、コンソーシアムのなかでもさらに一つのグループのようになっています。入れ代わりの短期の滞在者を含めて、25名程が在籍しており、いつも10カ国位の人間がいて、雰囲気も明るくたいへんいい感じです。みんな、集まってわいわいやるのが好きなので、新しい結晶ができたといってはお祝い、構造が解けたといってはお祝い、論文が出たといってはお祝いして、お茶部屋の棚にシャンペンの空き瓶をたくさん並べています。X線結晶構造解析の設備は計算機を含めて大変に充実しています。他の研究室に比べて特色のある装置としては、結晶化から、凍結までの一連の作業を、すべて脱酸素(窒素置換)下で行うことができるグローブボックスや、結晶の吸収スペクトルをはかる吸光計(回折計にセットして、反射データと吸収スペクトルを同時に測定することも可能。低温測定も可能。)があります。これらの装置などは、使ってみたいと恩われる方もいるのではないでしょうか。

我々のグループでは、膜蛋白質の結晶化、および構造解析を系統的に行い、個々の蛋白質の反応機構や役割を研究するとともに、より効率的な手法の開発に結び付けようとしています。他にない特色として、膜蛋白質以外は全く扱っていないことが挙げられます。また、膜蛋白質複合体に代表される、巨大分子の構造解析法の開発も重要なテーマとなっています。97年にグループがスタートして以来、現在までに、ウシ心筋のbc1複合体(3種類の異なる結晶系)、Rhodobactersphaeroidesチトクローム酸化酵素,E.coli ユビキノール酸化酵素の構造がすでに解かれており、E.coliコハク酸脱水素酵素(複合体I)の構造解析が現在行われています。

我々のグループの結晶は格子が非常に大きくまた反射も非常に弱いため、研究質の装置では解析に使用できるデータの測定が不可能なので放射光が非常に重要です。実際に良いデータをとるためには、低温技術、挿入光源及びCCD検出器が不可欠となっています。ESRFでの測定が質・量ともにメインですが、とにかく少しでも多くのビームタイムを求めて、PFからBrookheaven、ALSまで事情が許すかぎり出かけてゆきます。研究室で凍らせた結晶をCryo Dewerに詰めて飛行機で持ち運ぶわけですが、空港でのセキュリティーチェックを通過するのが一苦労です(ご存じのようのにDewerはまるで爆弾のような形をしているので。)。スウェーデンでもMAXI(Lund)のビームライン711で蛋白質結晶のデータ測定が可能です。MAXIは1.5GeVとエネルギーの低いリングですが、27ポールのマルチポールウイグラーによりPFの偏向磁石のビームラインよりはかなり強いビームを得ており、スウェーデンのグループだけでなく多くの北欧、近隣のヨーロッパからのユーザーが利用しています。実験ホールの壁やハッチを木の板で覆って、むき出しのコンクリートを隠すようにしているのが、なんだかスウェーデン人らしい感じです。

スウェーデンでは構造生物学、というか蛋白構造解析が盛んで、ウプサラ以外にも多くのグループがあります。毎年の国内の構造生物学のコンファレンス(SBnetコンファレンス)にはスウェーデン中から200人近くの構造生物学者と多くの海外からの招待講演者が集まります。この他にもしばしばセミナーやシンポジウムがあり、規模にかかわらず、講演の質の高さ、特に招待講演者の豪華なことは、日本ではなかなかこうはいかないだろうと感心させられます。また国際学会なども気軽に行けること、外国のグループとの共同研究が容易であるなど、ヨーロッパで研究することの地の利もつくづく感じます。この点に関しては、ヨーロッパの方がアメリカよりも優れていると言えると思います。我々の仕事や研究室に興味を持たれたら、国際学会の折りにでも足を伸ばして訪ねて来てください。


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