構造生物 Vol.5 No.2
1999年9月発行

高エネルギー加速器と放射光科学


木村嘉孝

高エネルギー加速器研究機構・物質構造科学研究所

今日粒子加速器は、放射光源や核破砕中性子源などとして、物質や生命科学の研究に広く用いられるようになっています。なかでも、高エネルギーの電子ストレージリングによる放射光利用は、国内の研究者が数千人に及ぶ規模にまで発展しました。

高エネルギー加速器は、もともとそれを用いて素粒子の研究をする高エネルギー物理学のために開発された装置です。そのため、高エネルギー加速器の一応用分野である放射光科学は、高エネルギー物理学に、遅れて生まれたように思われるやも知れません。しかし少なくとも我が国では、それらは1960年代の初め、東京大学原子核研究所の電子シンクロトロンを使ってほぼ同時にスタートしています。もっとも、高エネルギー実験に対し、放射光利用はパラサイターという位置づけではありましたが。その後PFをはじめ、最近のSPrhng-8までいくつかの放射光専用加速器が建設されました。その間も、PFが高エネルギー物理学研究所(当時)につくられたことからも分かりますように、加速器を通して、放射光科学と高エネルギー物理学の分野は、密接な関係を保ってきたといえます(実際には、放射光そのものは高エネルギー実験にとっては誠に厄介な代物なのですが)。

このように放射光源は、この30〜40年の間に、高エネルギー加速器を共用した第一世代から、電子・陽電子衝突実験のために開発されたストレージリング技術に基づきながらも、放射光源として独自の発展を遂げた第三世代へと進んで来ました。そして今、世界的に、SASE(Self Amplified Spontaneous Emission)の原理を利用し、極めて高性能のコヒーレントX線を発生する第四世代放射光源の可能性を探る研究が始まろうとしています。これは10〜20GeVの超低エミッタンス、超短パルス電子ピームを100mに及ぶアンジユレーターに通すもので、光子波長1オングストロームで、時間幅100フェムト秒、ピーク輝度約3×1032(平均〜5×1021)/sec・mm2・mr2・0.1%BWのX線ビームを目指しています。このような超高性能光源には、極めて高度な加速器技術が要求され、直ちに実現できる状況にはありません。しかし、近年高エネルギー物理学の分野で、TeV領域を目指す電子・陽電子衝突加速器である、リニアコライダーのための技術開発が急速に進展し、それらをベースに、第四世代の光源の開発にも見通しがでてきました。このように最先端加速器技術の領域では再び放射光科学と高エネルギー物理学に接点ができつつあり、高エネルギー加速器研究機構においても、これら二つの開発計画を並行して進めることが考えられています。しかし、このような超先端的な技術開発を推進するためには、どうしても、開発の結果どのような斬新かつ重要な科学上の成果が期待できるかを示さなければなりません。そこで、今や放射光利用の最重要研究分野の一つである構造生物学において、第四世代光源が舞貝見した時に、それを利用してどのようなアピーリングな研究が可能となるか、検討をお願いできればと思っております。


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